4 / 199
プロローグ〜
3
しおりを挟む
一行は一時間程東へ歩き、空が瞑色になったところで野営の準備に取りかかった。今は辺りに魔物の気配はない。
魔法使いのミハルは長い呪文を唱えながら自分の肩掛け鞄の中に手を突っ込むと、到底中には収まりきらない筈の毛布四枚と枕四つ、八個の缶詰め、四つの金属製のコップ、大きめの水筒を取り出して自分と他の三人に配った。
この日は満月で明るい夜だった。
缶詰を食べ終えた後でソロウがリュークに眠るよう勧めたが、眠たくなかったリュークは断って星空を眺めていた。荒野では殆ど見ることのなかった満天の星空は、リュークにとっては新鮮で、いくら見ても飽くことがなかった。
冒険者である三人は密かに警戒した。
子供を使って油断を誘う盗賊もいることを知っていたからだ。
三人は一人ずつ交代で睡眠をとり、二人体制で見張りをすることにした。
初めにギムナックが横になり、すぐに寝息をたて始めた。
「寝付きのよさは、少人数パーティーに欠かせない能力だ。短い時間で体力を回復しなきゃならないからな。それにしても、よくあんなところで眠れたな。周りに魔物が居たのに、怖くなかったのか?」
ソロウがリュークに話しかけると、リュークは漸く夜空から視線を下げてソロウを見た。
「危ない魔物は居なかった」
「ゴブリンが居ただろう」
「襲ってこない」
「なんで言いきれるんだ」
「あいつら、他のやつのナワバリでは何もしない」
「縄張り……?」ソロウは怪訝そうに短い顎髭を撫でながら首を傾げる。「じゃあ、あそこは誰の縄張りだったんだ」
「ドラゴワーム」と、リュークは何でもないことのように言って再び夜空を見上げた。ちらほらと空を滑り落ちるように流れ星が走るのが見えて、思わず「おお」と声が漏れる。
ソロウとミハルはしばし呆気にとられていたが、次第に笑いが込み上げてきた。
「ドラゴワームが、あの場所に? そいつは面白い!」
「ふふ、見てみたかったわね」
「見たことないの?」
リュークがあまりに純真な表情で尋ねたので、二人はさらに声をあげて笑った。
「いや、すまん──ははっ──ドラゴワームって、まだ世界で五体しか確認されてないんだ。それがこんなところに居るなんて信じられなくってよ」
「あいつらは殆ど地面のずっと下から出てこないんだ。でも、地面に耳をひっつけると近くに居るかどうか分かるんだ。ドラゴワーム、会いたい?」
「ええ、会えるものなら是非。ねえ、この辺りには居るのかしら?」と、ミハルが膝をついて地面に耳を近づける。リュークも同じようにして地面の音を聞いた。
「……何も聞こえないけど」
やめろよ、と苦笑するソロウに構わずそう言ったミハルに対し、リュークは「居るじゃないか」と言って目を閉じた。
集中しているらしいリュークの表情に、まさか、と思いつつも、もう一度耳をすませてみるミハル。
──風にざわめく草の音しか聞こえない。
だが、呆れたソロウがミハルのそばで片手を地面につけたまま上体を起こしたリュークへ声をかけようとしたとき──。
「──待って、何か聞こえるわ!」
ミハルが興奮した様子で叫んだ。
「何か近付いて来るみたい!」
言い終える前に地面が揺れ始めた。
集めて置いていた空き缶がカラカラと音を立てて転がり、ギムナックが毛布を弾くとともに弓と矢筒をひっ掴んで飛び起きる。
「なんだ? 地震か!?」
既にかなり大きな揺れになっている。立ち上がろうにも上手くバランスが取れず慌てる三人。その傍らでいち早く立ち上がったリュークは、強引にミハルの手を取って駆け出した。
「二人とも、早く走って!」
すれ違いざまのリュークの声にはっとしたソロウとギムナックも勢いをつけて立ち上がると、半分転げながら懸命にリュークの後を追って走る。
振り返る余裕もなく数百メートルも走った四人は、息を切らしながらやっとのことで元居た場所に目を凝らした。
月を背に、地面から夜空の雲まで長く伸びる太いミミズのような影がうねっている。
恐ろしく大きな影だ。
かなり離れたはずなのに、それは四人のすぐそばに居るように見える。
「ドラゴワーム、会えてよかったね」
リュークが笑顔を浮かべて言った。
三人は愕然としながら、緩慢な動作でドラゴワームとリュークを交互に見やる。
十秒もそうした後、ふと「どうするんだ、あれ……」と呟いたソロウに、リュークは笑顔のまま首を傾げたのだった。
魔法使いのミハルは長い呪文を唱えながら自分の肩掛け鞄の中に手を突っ込むと、到底中には収まりきらない筈の毛布四枚と枕四つ、八個の缶詰め、四つの金属製のコップ、大きめの水筒を取り出して自分と他の三人に配った。
この日は満月で明るい夜だった。
缶詰を食べ終えた後でソロウがリュークに眠るよう勧めたが、眠たくなかったリュークは断って星空を眺めていた。荒野では殆ど見ることのなかった満天の星空は、リュークにとっては新鮮で、いくら見ても飽くことがなかった。
冒険者である三人は密かに警戒した。
子供を使って油断を誘う盗賊もいることを知っていたからだ。
三人は一人ずつ交代で睡眠をとり、二人体制で見張りをすることにした。
初めにギムナックが横になり、すぐに寝息をたて始めた。
「寝付きのよさは、少人数パーティーに欠かせない能力だ。短い時間で体力を回復しなきゃならないからな。それにしても、よくあんなところで眠れたな。周りに魔物が居たのに、怖くなかったのか?」
ソロウがリュークに話しかけると、リュークは漸く夜空から視線を下げてソロウを見た。
「危ない魔物は居なかった」
「ゴブリンが居ただろう」
「襲ってこない」
「なんで言いきれるんだ」
「あいつら、他のやつのナワバリでは何もしない」
「縄張り……?」ソロウは怪訝そうに短い顎髭を撫でながら首を傾げる。「じゃあ、あそこは誰の縄張りだったんだ」
「ドラゴワーム」と、リュークは何でもないことのように言って再び夜空を見上げた。ちらほらと空を滑り落ちるように流れ星が走るのが見えて、思わず「おお」と声が漏れる。
ソロウとミハルはしばし呆気にとられていたが、次第に笑いが込み上げてきた。
「ドラゴワームが、あの場所に? そいつは面白い!」
「ふふ、見てみたかったわね」
「見たことないの?」
リュークがあまりに純真な表情で尋ねたので、二人はさらに声をあげて笑った。
「いや、すまん──ははっ──ドラゴワームって、まだ世界で五体しか確認されてないんだ。それがこんなところに居るなんて信じられなくってよ」
「あいつらは殆ど地面のずっと下から出てこないんだ。でも、地面に耳をひっつけると近くに居るかどうか分かるんだ。ドラゴワーム、会いたい?」
「ええ、会えるものなら是非。ねえ、この辺りには居るのかしら?」と、ミハルが膝をついて地面に耳を近づける。リュークも同じようにして地面の音を聞いた。
「……何も聞こえないけど」
やめろよ、と苦笑するソロウに構わずそう言ったミハルに対し、リュークは「居るじゃないか」と言って目を閉じた。
集中しているらしいリュークの表情に、まさか、と思いつつも、もう一度耳をすませてみるミハル。
──風にざわめく草の音しか聞こえない。
だが、呆れたソロウがミハルのそばで片手を地面につけたまま上体を起こしたリュークへ声をかけようとしたとき──。
「──待って、何か聞こえるわ!」
ミハルが興奮した様子で叫んだ。
「何か近付いて来るみたい!」
言い終える前に地面が揺れ始めた。
集めて置いていた空き缶がカラカラと音を立てて転がり、ギムナックが毛布を弾くとともに弓と矢筒をひっ掴んで飛び起きる。
「なんだ? 地震か!?」
既にかなり大きな揺れになっている。立ち上がろうにも上手くバランスが取れず慌てる三人。その傍らでいち早く立ち上がったリュークは、強引にミハルの手を取って駆け出した。
「二人とも、早く走って!」
すれ違いざまのリュークの声にはっとしたソロウとギムナックも勢いをつけて立ち上がると、半分転げながら懸命にリュークの後を追って走る。
振り返る余裕もなく数百メートルも走った四人は、息を切らしながらやっとのことで元居た場所に目を凝らした。
月を背に、地面から夜空の雲まで長く伸びる太いミミズのような影がうねっている。
恐ろしく大きな影だ。
かなり離れたはずなのに、それは四人のすぐそばに居るように見える。
「ドラゴワーム、会えてよかったね」
リュークが笑顔を浮かべて言った。
三人は愕然としながら、緩慢な動作でドラゴワームとリュークを交互に見やる。
十秒もそうした後、ふと「どうするんだ、あれ……」と呟いたソロウに、リュークは笑顔のまま首を傾げたのだった。
15
あなたにおすすめの小説
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました
白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。
そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。
王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。
しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。
突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。
スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。
王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。
そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。
Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。
スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが――
なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。
スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。
スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。
この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。
無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。
やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
第2の人生は、『男』が希少種の世界で
赤金武蔵
ファンタジー
日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。
あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。
ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。
しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる