西からきた少年について

ねころびた

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プロローグ〜

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 辺り一面をおおう草の絨毯じゅうたんのところどころには、白や黄色、まれに毒々しい黒みを帯びた青い花が咲いて風に揺れている。空は快晴。リュークがこんなに明るい空を見たのは、幼少の頃の淡い記憶の中でしかなかった。

 この草原に足を踏み入れてから半日が経つのでもう大分慣れたが、荒野の端に差し掛かった途端に雲が晴れたときには、あまりの眩しさに気絶しかけた程の衝撃だった。

 草原でもたまにスライムやゴブリンを見掛けることがあったが、それらは荒野に居るものよりも随分とのんびりと、穏やかに生きているようだった。

 空を飛び回る獰猛どうもうな怪鳥は殆ど居らず、ただ少し大きめの鳥たちが旋回しているのを何度か目にしたくらいだ。

 大きな音もせず、地面も揺れない。気温は安定していて、暑くも寒くもない。幾つかの感覚が麻痺したようにすら感じられる。


 なんと急激な変化だろうか──リュークはふらふらと倒れ混むように草の上へ仰向けに寝転び、眩しい空に目を細めた。

 ユフラの洞窟を出て荒野の小屋に戻り、一度寝た後、僅かな荷物をまとめ、東を目指して歩き始めてから四日目。時々怪鳥の脚に掴まって運んでもらったので大分早く此処まで来たが、食事中にほんの数回うとうととしただけでろくに眠れていないリュークの眠気は限界にきている。

 ──なんだか落ち着かない。

 眠りたいのに、眠りそうになると悶々として起きる。

 これが不安というものであったと思い出したのは、数秒夢に落ちたところでユフラ婆さんの声が聞こえた気がしたときだった。








 ──少年、少年、と焦ったような男の声でリュークは目を覚ました。

 頭がじんじんとして、まだ夢の中の心地だ。

「──おい、少年!」

 また男が呼んだ。

 リュークは漸くはっとして起き上がる。急いで周囲を見回すと、男が二人、女が一人、心配そうな表情でリュークを囲んでいる。いずれも立派な大人で、それぞれ剣と弓と杖を携え、革の鎧やローブを着ている。次いで見上げると、空が淡く橙色に染まっている。

 先程から声をかけながらリュークを揺り起こしていたのは、顎周りに無精髭を生やした赤い髪の男だった。

 男はリュークが目覚めたことに安堵した様子で息を吐き、「なんだ、寝てただけか」と呟いてリュークの肩から手を離した。

「驚いたぜ。お前、何だってこんなところで寝ていたんだ? 親はどこだ?」

「……あなたは誰?」

 リュークは混乱しながらも尋ねた。男は一瞬驚いたようだったが、すぐに苦笑を浮かべて「俺はソロウだ。こいつはギムナック、そっちが──」

「ミハルよ」白いローブ姿の女がソロウの言葉を遮って言った。

「私達、冒険者なの。今は依頼を達成してアルベルムの街へ戻るところよ。ねえ、あなたはどうして此処に居るの?」

「僕、ずっと東へ歩いてるんだ。ユフラ婆さんに街へ行くように言われたから」

 リュークの答えに三人は顔を見合わせる。

 此処から東の街といえばアルベルムだが、そうなると少年はまっすぐ西から来たということになる。

 しかし、此処から西にある広大な荒野は魔物と天変地異のごとき災害のせいで、およそ人の立ち入れる場所ではない。

 何より、草原と荒野の境目にはおぞましい障気が満ちていて、勇者ですらまともに足を踏み入れないとされている。

「道に迷ったってことか? 街の名前は?」

 弓を背負った体の大きなスキンヘッドの男──ギムナックが尋ねた。

 リュークはまだ動揺しながらも「分からない」と首を横に振る。「太陽が昇ってくる方に行けって言われた」

「旅に出てから何日目だ?」

「一日……あ、さっき寝たから二日目だ」

 というのはリュークの基準であって実際には四日目であるが、これを真に受けた三人はまた顔を見合わせる。

 ──二日目?

 此処から徒歩一日で行ける街や村などない。アルベルムですら大人が不眠不休で歩いてもここから四日はかかる距離だ。

 しかもこの少年の格好と来たら、髪はボサボサ、腰には小汚ない革袋。さらに裸足で手足の爪は伸び放題。青白い肌はところどころ泥か煤で黒くなっていて、唯一綺麗なのは黒いローブだけではないか。

 さて、どうしたものか──と、三人は思案する。他にもいくつか質問してみたが、どうやら少年は一人きりで旅をしていて、やはり西から来たのだということしか分からなかった。

「仕方ねえ。俺たちな、ギルドから『保安冒険者』って役職を与えられてんだ。だから、お前を保護しなけりゃならない。一緒にアルベルムって街まで来てくれるか?」

「わかった」

 ソロウの言葉にリュークは迷うことなく頷いた。
  
  
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