西からきた少年について

ねころびた

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プロローグ〜

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 少年の名はリュークという。

 ずっといたことのない黒髪は、同じく真っ黒な瞳とは反対に本来のつやを失って鳥の巣状態にあり、日の当たらない土地に居るせいか肌は異様なほどに白い。いつも走ったり転んだりして泥だらけになっていて、決して清潔感のある──とは言えない格好だが、長年身に付けている膝丈の黒い外套がいとうだけは妙に小綺麗なままだった。

 両親はおらず、もう五、六年もこの小屋で暮らしている。


 此処ここには彼の他に人間は居ないが、寂しくはない。何故なら荒野のほとんどのドラゴンは顔見知りだし、色とりどりのスライム達はいつも彼を歓迎するからだ。

 それに、彼は生まれつき魔法が達者である。周りは食糧となる魔物だらけなので飢えはしないし、頻繁ひんぱんに雨が降るので水にも困らない。

 小屋の中は安心できる場所、小屋の外は彼の遊び場だ。彼は彼なりに退屈しない毎日を過ごしていた。




 さて、今日も曇天の荒野。昨日と同じように小屋から出た彼は、両手を上げて大きく伸びをした後、真っ直ぐに歩き始めた。

 彼の一日は彼が起きたときに始まり、彼が眠りについたときに終わる。昼夜の概念はあまりなく、ただ明るいときの景色と暗いときの景色は違っていて、起きている魔物と寝ている魔物が入れ替わることも知っている。今日は起きてからすぐに小屋を出たので──例え今が人のいう夕方であっても──彼の一日はまだ始まったばかりである。

 それから彼は数時間も歩き続けた。途中で立ち止まって水溜まりの水を飲んだり、小屋から持ってきた干し肉をたべたりした。スライムとたわむれたり、小さなゴブリンを追い回したりもした。誰が見てもあてのない散歩だと思うような歩調だった。しかし、今日の彼には目的がある。

 彼は、〈ユフラ婆さん〉に会いに行くのだ。





 ユフラ婆さんは、穏やかな深い藍色のドラゴンだ。本当の名前はユフラではないが、彼女は本当の名前を誰にも言わないので、リュークは彼女が住み着いている〈ユフラの洞窟〉に因んで〈ユフラ婆さん〉と呼び名をつけたのだった。

 ユフラ婆さんは荒野一の物知りである。リュークはたまに彼女の元を訪れると、自分が楽しかったことや新しい遊びを彼女に教える代わりに、彼女から他の様々な知識を授かっている。

 今日もようやく洞窟へやって来たリュークは、リュークの体より遥かに大きな爪を持つ前足にあごを乗せて伏せている彼女の左目からちょっとだけ離れたところに胡座をかき、岩壁の光る鉱石に照らされた深緑の瞳が自分を映すのを見て嬉しそうな笑みを浮かべた。

「こんにちは、ユフラ婆さん。ゴブリンの家を見付けたんだ。だけど、小さな子が沢山居たから中には入らなかったんだ。怖がってたから。また今度遊びに行こうと思う」

「ああ、ああ、こんにちはリューク坊や。ゴブリンなんぞに気を使うものじゃないよ。あいつらは人間の敵じゃないか。冒険者たちは依頼を受けてゴブリン共を殺し、金を受けとるものさ」

 ユフラ婆さんの声は洞窟に反響して、ただでさえ地鳴りのような声が一層ごうごうとする。

「坊や、お前はいつも楽しそうにしているが、人間は群れで暮らすのが本来の姿だ。ここいらの魔物と仲良くする奴なんぞ、お前以外には見たこともない。もう独り立ちできる年頃だろう。此処を離れて、広い世界を見に行きたくはないのかい」

「わからないよ。ユフラ婆さんは、僕が居なくなったら寂しいでしょう?」

「そりゃ寂しいさ。だけど、例えお前が年老いて帰ってきても私は変わらずこうしているだろう。人間の一生は短いからね。私にとっちゃ、ほんの僅かな時間でしかないのだよ」

「僕は寂しいよ」

「仲間を作ればいい。共に遊んだり、旅したり、食事できる人間の仲間を。それに、私でも知らないことを沢山知れる。私は人間の文明を持たないから、お前にも古い物事しか教えてやれない」

「でも……」

 リュークは困惑していた。彼女が何故急にこんなことを言うのか理解できなかった。

 だが、彼女が言うのだから、その通りにするべきなのだと漠然と思う。

「ひたすら東へお行き。太陽が出てくる方角だよ。次第に緑の草が増えてきて、太い木の生い茂る森に入るだろう。その向こうに人間の暮らす街がある。先ずはそこを目指しなさい」

 そう言う彼女の大きな深緑の瞳が動いて、洞窟の入り口の方を向いた。

 まるでリュークの目指すべき最初の街まで見通しているかのようだった。

  

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