西からきた少年について

ねころびた

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アルベルム〜(10〜)

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 それから一ヶ月の間、冒険者ギルドは会館の修繕におわれた。
 幸いリュークが瓦礫と手持ちの大量の石ころを魔法で石材に変えて寄付したので資材を運ぶ手間と資金は大幅に削減されたが、それでも人手が足りず、ギルドからの依頼として多くの冒険者を雇う羽目になっている。

 白いドラゴンは、あの一件からずっと冒険者ギルド会館の天辺に居着いている。
 リュークが「ナナイ」と呼ぶので、皆もそれに倣ってナナイと呼ぶことにした。

 ナナイはいつも大人しく、じっと街の様子やリュークの行動を眺めている。夜になるとどこかへ飛んでいって大型の魔物を仕留めて戻ってくる。ギルド会館の屋根は、ナナイの食事のせいですっかり血まみれである。

 どこからか現れた芸術家たちは朝から晩まで夢中になってナナイをスケッチし続けている。鍛冶屋や素材商人はナナイが落とす獲物の欠片を拾いに群がる。ギルド会館の周りは常に人で溢れている。

 ナナイはリュークの言葉を理解しているようだった。
 勇気ある他の誰が声をかけてみても見向きもしないが、リュークの指示には正確に従う。昼間にはリュークとスライムを投げ合って遊ぶこともある。余程大きな修繕物資を運ぶ時にはリュークの掛け声でそれを手伝い、多くの人に重宝された。

 噂を聞き付けた他の街から人々が訪れて、毎日がお祭り騒ぎだった。アルベルムの核ともいえる冒険者ギルド会館の半壊という犠牲によって起こった経済の盛り上がりは、革命といえるほど大きく、都市の規模を著しく成長させたのである。


 一方、冒険者ギルドマスターのフォスターは困り果てていた。というのも、ついにアルベルムの領主であるグランツ・フォン・ポールマン・アルベルム辺境伯の元に王城からの使者がやって来たからだ。

 ポールマンはほぼ武功のみで農民から士爵、士爵から辺境伯にまで成り上がった家系である。現当主のグランツもその血を立派に受け継ぎ、脳筋。性格は実に単純明快。貴族同士の巧みな駆け引きなどは出来ず、ただし領民の意見を素直に受け入れて適切に実行するため、領内外の民から多くの支持を得ており、度々は幸運にも恵まれ、不思議と大抵のことはうまくやれている。
 子供の頃から変わらず好奇心旺盛で、既にリュークとナナイに興味津々の辺境伯グランツ。明らかに特別なこの少年たちを守ってやらねばと考える心優しい彼であったが、果たして無難に切り抜けることが出来るだろうか?

 
「いやいや無理だ。無理に決まっている──」

 フォスターは部屋の中を落ち着きなくうろつきながら、ぶつぶつと独りごちている。

「それに、もしもあの巨大なドラゴンが人を襲っていようものなら……」

 ないと願いたいものだが、見るからに気性の荒そうな黒ドラゴンだった。仮に村を襲うようなことがあれば、その村は数分も保たず塵と化すだろう。
 そもそも、あれが何故リュークのバッグに入っていたのか? リュークの言い分は──「ゴブリンの子供を三匹蹴飛ばしたから」。
 度しがたさと、二匹までならよかったのかという疑問はさておき、それ以上の理由はないということであったので、フォスターは書きかけの報告書をそっと引き出しに仕舞わざるを得なかった。

 問題は積もるばかり。唯一ギルド会館の修繕のみが目を見張る速度で捗っているものの、近隣の領地や冒険者ギルド本部・支部からの興味本意な問合せは増える一方で、職員は疲弊し、かと思えば一部は激しい高揚感を覚える異様な精神状態に陥っており、さらにごく一部でドラゴンを神とあがたてまつる竜神信仰なるものが今まさに生まれようとしている始末。

「宗教戦争だけは避けねば……あー、いや、そうじゃない、リューク少年とドラゴンについて……」

 部屋を往復する足が速まる。いくら速く歩いたとて頭の回転が速まる訳ではないのだが、今のフォスターにこのような指摘は無意味だろう。

 さて、こうして延々と悩むフォスターであったが、実のところ選択肢は既に限られている。

一つ目は、今のうちにリュークとナナイをアルベルムから逃がすこと。
二つ目は、彼らを冒険者ギルドに匿うこと。
三つ目は、全てを王の判断に委ねること。

一つ目に関しては、最も危険だ。
二つ目に関しては、あまり良くない。
三つ目に関しては……──。

「殺される心配はないだろうし、ナナイさえどうにかして隠せばすぐに解放されるだろうが……」

 ──本当に? あの心優しいのか優しくないのか分かりにくい変わり者の王が、わざわざ城へ呼びつけた者を何事もなく帰らせるのか?

「ないぞ、それは絶対にない。きっと……うむ、間違いなく何か企んでおられる筈だ。魔物退治か、下手をすれば研究材料にされかねん」

「ケンキュー、ザイ?」

「研究材料、だ。どんな恐ろしい目にあわされるか分かったものじゃ……ん?」

 フォスターはゆっくりと振り向いた。
 視線の先には、ソファに座って寛ぐソロウ、ギムナック、ミハル、そしてリュークと、なんとアルベルム辺境伯のグランツ、さらにドアの前にはまだ若くもグランツの側近であるレオハルトの姿、テーブルには人数分の茶と菓子が用意されている。


 いつの間に、と狼狽のままに尋ねようとしたフォスターだったが、この一ヶ月ですっかり愛くるしい見た目になったリュークに驚き、おかげで冷静さを取り戻すと、「申し訳ない、集中し過ぎていたようで」と言ってバツの悪い顔で一人掛けのソファに座った。
 
 
「こちらこそ、すまなかったな。私が頼りないばかりに随分と悩ませてしまったようだ」

 と、グランツがあまりに申し訳無さそうに言うもので、フォスターは一層座り心地の悪さを感じて首を振った。

「いや、今回は不運としか言いようがない。出来ればこちらで処理したかったんですが、我々の力不足です。正直、俺には王のお考えなど推し量れもしない」

「それは皆一緒だろう。だから、本人に聞くのが一番だと思って集まってもらったんだ」

「は……」
 
 フォスターは、はたと気が付いて愕然とする。
 ──そうだった。この人は、こういう人だった。
 グランツとは子供の意見に耳を傾けるような男なのだ。そして、子供の話を聞かず自分の言うことを聞かせようとする大人に対しては説教する。
 民から見れば理想的だが、他の貴族から見ればただの“もの好き”だ。
 彼は、根っから真っ直ぐな人間なのだ。

「それで、リューク。王様が君に会いたがっているんだが、君はどうしたい?」

「おうさま?」

「この国で一番偉い人だ。だけど、君にとって良い人かどうかは分からない」

「ポールマン卿!」

 フォスターがぎょっとして制止した。グランツはしまった・・・・という顔をして「今のは忘れてくれ。王様は王様だ」と素直に雑な言い直しをした。それから一口茶を飲み、再びリュークに向き合う。

「そもそも、君がこの街に来る目的は何だったんだ? お祖母ばあさんに言われて来たんだろう?」

「『人間は、群れて暮らすのが本来の姿』だって」

「う……ん?」

 部屋中に動揺が広がった。


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