西からきた少年について

ねころびた

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王都を目指して(20〜)

20 王都を目指して

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 最西端の都市アルベルムを発って三時間が過ぎた。

 この先の村まで続く街道は平坦で、馬車の乗り心地も快適である。外には野草の花畑が広がっていて、たまに草食の動物や魔物がのんびりと歩いている様子が見られる。小粒の雨がちらついてさえいなければ、リュークは走り出したい気持ちでいっぱいだった。──否、リュークは走り出すところだったのだが、濡れて風邪をひくからとアルベルム辺境伯のグランツに止められたのだった。

「気持ちは分かるがな。私も草原で走り回るのは大好きだった。泥だらけになって、よく叱られていたものだよ」

 そう言って優しい笑みを浮かべたグランツは、窓の外を眺めながら自身の幼少期に思いを馳せた。

 グランツ・フォン・ポールマン・アルベルム辺境伯。貴族にしては珍しく日焼けした健康的な肌は、三十代後半の実年齢よりいくらも彼を若く見せている。
 彼はいつも楽な格好を好み、ズボンとウエストコートに合わせた淡い空色のコートは出発前から脱いだままで、クラヴァット(※スカーフ状のネクタイ)も外してコートと一緒に壁に掛けてあり、さらに筋肉まみれの脚を覆うズボンの膝下の留め具も外していて、フリル付きのシャツの胸元は威勢よく開け放たれ、となれば当然カフスボタンなどは着替えたときからずっと大切にポケットの中。そのくせ剣は肌身離さず、傍から見れば、着替えの順番をお間違えでは? と心配すべき貴族、或いは金をかけた変態の装いである。

 貴族の中には自分に甘く他人に厳しい者も多いが、グランツはそうではなく、自分が楽をしたい部分は他人も楽をして良いと考えるし、誰であっても楽しいことは思う存分楽しめば良いと考える。そんな彼は、リュークがどんなに不躾な真似をしようとも、これを許しまなでる。

 例えば、二日前のこと。リュークがギムナックに教わって作った泥団子を手渡したときは喜んで受け取り、ピカピカの出来栄えをしこたま褒めてやった。すると、嬉しくなったリュークは魔法を使って百個以上もの泥団子を城の中庭にこしらえてしまう。が、グランツはこれさえも喜んで、除けるどころか逆に雨が降っても大丈夫なように保護魔法をかけるよう助言したのだ。こうして城の中庭は、フンコロガシの群生地の如くおもむきのある景観へと生まれ変わったのである。

 ──ということがあったからか、現在、車内の足元にも魔法でカチカチになった泥団子が三つばかり輝きを放っている。なお、泥団子を床に並べた際にグランツ側近のレオハルトが「座席に置かなかったのは偉い」と褒めたため、リュークはまた一つマナーを覚えることに成功しているのだった。
 
「リュークと居ると、貴方がまともに見えますね」と、リュークの隣に座るレオハルトがぽつりと言った。

 美しい姿勢、深みのある青の燕尾服をきっちりと着こなすレオハルトの方が本物の貴族と言われても誰も疑うまい。

 彼は二十歳になってすぐにグランツの側近として取り立てられた有能な男だ。グランツに取り立てられるというのは、つまりとんでもなく腕が立つということだが、幸運にも彼はその他のあらゆる点においてさえ非常に優れた能力を有している。グランツへの忠誠心も本物であり揺るがない。そして、何より顔の造形が良い。

「レオハルト、それでは私がいつもはまともではないと言っているようなものだぞ」

「今の言い方では明確に伝わらない可能性があると仰っているのですか」

「いや、そうではないが……いや、そうではないな?」

「ええ、そうでしょうとも」

 ははは、貴族様も形無しだなあ──と、ソロウあたりが聞いていればそう笑っただろうが、リュークは彼らを見つめるだけで何も言わない。

「ところで、ナナイはどこへ行ったのですか?」

 気を取り直してレオハルトが尋ねると、リュークは窓から空を指して「あそこ」と一言。グランツとレオハルトはその方向を凝視してみるが、いよいよ本降りになりそうな暗雲が立ち込めているだけで何も見えない。
 暫く見続け、それでも何も見えなかったのでリュークに視線を戻すと、リュークは既に窓など見ておらず泥団子を手に乗せて遊んでいる。
 この子供特有の素っ気無さに、なんだ冗談か、と二人が何となく思うのも無理はなかった。

 その後、グランツとレオハルトは「時間の有効活用をしよう」と一致団結し、愚かにも以前フォスターと冒険者らが失敗したというリュークの事情聴取を行おうとして、見事に同じ轍を踏んだだけに終わったのだった。



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