西からきた少年について

ねころびた

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王都を目指して(20〜)

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 例えるなら、草食のワニに羊の毛皮を着せて首をキリン程伸ばした珍獣──もとい家畜ララッカの、誰も知らない言語を大声で喋っているかのような奇妙な鳴き声が昼夜響き渡る〈ランカ村〉に一泊し、翌日は広い草原に流れる川のほとりで野宿したグランツ一行。
 ソロウたちはリュークに出会った頃のことを忘れられず、またドラゴワームが現れやしないかと冷や冷やした。特にギムナックはドラゴワームの件がすっかりトラウマとなっており、野宿ともなると眠りそうになる度に地面が揺れる感覚に襲われ、なかなか寝付けないらしかった。

 ランカ村と次の目的地である〈テルミリア〉の中間地点では近年魔物が増えているので見張りを多めに警戒したが、この日は魔物一匹近付いて来ることはなく、無事に朝を迎えたのだった。

「この辺で魔物が出ないというのも、なんだか不思議な気分だ」

 晴れやかな笑顔で言ったグランツは、揃って目の下に立派なくまをこさえた三人の冒険者に「仕事熱心だな! 頼りにしているぞ!」と有り難い励ましの言葉を送った。
 ところで、リュークはずっと馬に乗りたがっているが、馬は何故かリュークが近付くと後退りする。リュークが手を伸ばすといずれはゆっくり頭を下げて鼻先を近付けてくるのだが、引き締まった筋肉の美しい脚が生まれたての子馬よりも震えに震えて、一歩踏み出すにも哀れなほどであるところを見るに、それはまるで命乞いをしているかのようだった。そういう訳で、優しいリュークはとても残念がりながらも馬が可哀想だからと素直に諦めている。

「動物は魔力に敏感だというから、リュークは魔力に恵まれているのだろう。動物は、お前が悪いやつだから避けているのではない。互いに慣れれば友達になれるさ」

 ギムナックがリュークを馬車に乗せながら言うと、リュークはこくりと頷いて、ブーツを脱いで座席によじ登り、窓の外に目をやった。
 今朝の日差しは強く、川の水面は巨大な魚の鱗のようにギラギラと鋭く光っている。川の向こうで、大猪ほどの大きさの兎の親子が伸びた草を食べている。おしりは丸くて可愛いが、目つきがすこぶる悪い。馬がこちら側の草を食べているのが気に食わないとでもいうように、馬たちをじっとりと睨みつけている。
 この微笑ましい光景に釘付けになっているリュークの横顔を見て、頬を緩ませるギムナック。

「魔物と動物の違いは知っているか?」

「何それ?」興味を持ったリュークの黒い瞳がギムナックを映した。

「動物は魔力を持たない。あの兎たちも動物だ。……少し大き過ぎるがな。一方、魔物というのは魔力を持った生物のことだ。例えば、スライムやゴブリン、ドラゴンなんかも魔力を持っているから魔物に分類される」

「じゃあ、人間も魔物なんだ」

「いや、これはあくまで人間や亜人が作った区別だから、人間や亜人はあくまでも人間や亜人だ」

「じゃあ、マンドレイクは?」

「魔物……だろうか」

 ギムナックは少し自信なさげに言って、今朝丁寧に髭剃りしたばかりの顎を手持ち無沙汰に撫でた。
 魔物図鑑に載っている〈マンドレイク〉だが、自力で移動する能力はなく、ときに相手を死に至らしめるほどの呪いを叫ぶ口さえ閉じていれば、見た目は殆ど干からびた人参か、もしくはその辺の根っこと変わらないので、学者の中にはマンドレイクを植物に分類する者がいないとも限らない。が、冒険者ギルドの依頼で「マンドレイクの捕獲・・」というのを見たことがあったので、やはり魔力を有するマンドレイクは魔物の括りでよいだろう──というのが、ギムナックの見解である。

「じゃあ、ゴーレムは?」

 リュークが言うと同時に馬車が動きだした。テルミリアには、夕方に到着する予定だ。

「魔物だな」と、ギムナックは会話を続ける。

 魔力によって動いているらしいゴーレムは、学者の間では「魔力傀儡」の中の「無機物体魔力傀儡」というものに分類される。基本的にゴーレムを形作る石などは無機物とされており生物とは言い難い。しかし、魔力が流れていて、それにより自立して動くことができ、体の内部にある核を破壊して魔力を完全に消失させると死と同等の状態へ変化させられることから、これも一応は魔物であるというのが一般論だ。

「じゃあ、リッチは?」

「怖ろしい魔物だ」

 リッチは、魔力を帯びない物体では触れることのできない幽体の魔物である。大鎌を担いだ骸骨が襤褸ぼろのローブを纏った死神の姿をしていて、この見た目の恐ろしさもさることながら、冒険者ギルドの定めるランクはA級の中でも上位とされているため、これに挑める冒険者パーティーはごく限られている。

「じゃあ、シルフは?」

「シルフは精霊だ。よく知っているな」

「うん、前に捕まえたことがあるよ。ユフラ婆さんが教えてくれたんだ」

「そうか。精霊が姿を現すことはとても珍しいんだが、お祖母様は物知りなんだな」

「ユフラ婆さんは何でも知ってるよ」

「ふむ。お祖母様は今どうしているんだ? 食事はちゃんととれているだろうか? お前が家を出てからも一人で寝たきりで居るんじゃないのか? ……ああ、いや、すまない。不安にさせたいんじゃないんだ。ただ、もしそうだとしたら一刻も早く駆け付けてあげないと大変だろう」

「ご飯はあまり食べなくても平気らしいよ。前に食べたのは、もうずっと前なんだって」

「ああ……っ! 神よ!」

 突然両指を組んで祈り始めたギムナック。つぶらな目には大粒の涙が浮かんでいる。信仰心に厚いギムナックはしばしばこうして神に祈り始めることがある。これまでのリュークであれば、そういった場面に出くわす度に不思議そうな顔をしてこの大男を眺めたものだが、今回のリュークはすぐにそれを真似て両指を組み、生まれて初めてのお祈りへの参加を決めたのだった。

「大いなる大地の神よ。彼の優しき祖母に、どうか幸あらんことを」

「おお、大地の神。──、どうか、さちあらんこと」

「そして、願わくばこの汚れなき彼に祝福を」

「ねがわくわ、この──彼に、しゅくっくを」

 難しい言葉を舌足らずで紡いだリュークのことを、ギムナックは泣きながらよくよく褒めた。リュークは嬉しくなって、バッグから取り出したスライムをギムナックに貸してやった。ギムナックは顔をひきつらせて膝に乗せたスライムを見下ろす。スライムの不安定に動く目玉がぐるりと回ってギムナックを見上げた。そして、その青ざめた顔を嘲笑うかのように小刻みに身体と目玉を揺らした。
 このように穏やかな道程が続くかと思われた矢先、先頭の方から警戒を知らせる笛の音が上がった。

「魔物だ。離れるなよ、リューク」

 ギムナックはスライムを座席に置くと、リュークを伴って馬車を降り、早くも陣頭指揮を執っているグランツとソロウの近くへ素早く移動した。訓練されたアルベルム兵達は、少しの迷いもなく陣形を組み終えている。

「ゴブリンが十二体、ホブゴブリンが三体、少し離れたところ……北の丘のところにオークが四、五体隠れている」

 索敵スキルで敵を捕捉し終えたギムナックに頷いて見せたソロウが、「まず俺達がゴブリンとホブを引き受ける。その間、閣下はオークを警戒してください」と申し出た。護衛として雇われた冒険者の正当な役割である。ところが、グランツはこれを却下する。

「断る。私の出番だ」スラリと抜いた貴族の剣がねっとりとした輝きを放つ。

「冗談でしょう、閣下。あんたの出番は俺らが全員くたばるまでありませんよ」

「いいや、民を守るのが貴族の役目だ。言うことをきかねばギルドに苦情を申し立てるぞ」

「閣下の仰せのままに。……まったく、困ったお人だぜ。そんじゃ、俺らはオークを警戒しつつ補助に徹するぞ。ギムナック、リュークから目を離すなよ」

 やれやれ、と首を振るソロウに苦笑するギムナック。「閣下はお変わりないようだな」と軽口を叩けば、「かっかは、おかわりない」とリュークが真似したので、ギムナックはぎょっとして「今のはお祈りじゃない」と教えてやった。



 
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