西からきた少年について

ねころびた

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王都を目指して(20〜)

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 魔物の中で小型とされるゴブリンの身の丈は、リュークより少し低い程度である。殆ど体毛のない全身は土色に寄った深い緑色をしており、痩せて見えるが密度の高い筋肉に覆われているため見た目よりもずっと力が強い。背中が曲がっていて、どことなく子供や小さな老人に似た風体。鋭い歯を持つ口は大きく、鋭角な顎の力は強く、人間の肉などは容易く噛み切ってしまう。戦いに木の棒や人間から奪った武器を用いたり、寒さを凌ぐために布を纏ったり、稀に魔法を使う個体もいて、火をおこしたりもする。
 単体では弱く、冒険者ギルドで低ランクに指定されているゴブリンであるが、群れが大きくなるほどランクも高く設定される。軍勢と化した場合などは非常に危険で厄介な魔物である。

 また、ホブゴブリンはゴブリンの上位種とされ、体躯はゴブリンよりやや大きい。他の特徴はゴブリンと変わらず、全体的な能力が底上げされていると思えば良い。

 オークは、ホブゴブリンが飛び抜けて強くなったようなものだ。外見もかなり大きく、膂力の大幅な変化が見ただけで分かるほどの筋肉量である。ただし、ゴブリンやホブゴブリンにある敏捷性がいくらか失われているので、単体であれば討伐はさほど難しくはないとされる。




 冒険者たちはグランツの強さに舌を巻いた。

 アルベルムは稀に大規模な魔物の群れによる襲撃に見舞われるため、軍と冒険者でこれを撃退するのだが、アルベルム軍と冒険者集団では戦術や戦法が異なるので基本的に戦場を別にする。つまり、冒険者がアルベルム辺境伯の戦いを目にする機会は滅多にない。

 ──なるほど、これは腕が立つどころではない。もはや化け物と言ってよい。どうりで魔の巣窟である西端領地を王国軍の駐屯もなしに一任される訳である。

 得心がいった冒険者は一様に口を噤んだ。


「よし、残りのゴブリンの後をつけて巣ごと殲滅しろ」

 あっという間に十体のゴブリンと三体のホブゴブリンを倒したグランツが、尻尾を巻いて逃げ出した二体のゴブリンを指して兵士らに命令した。兵士らは馬にのると、颯爽と駆けてゴブリンの後を追った。ミハルも軽々と乗馬して彼らに続いた。

「さて、次はオーク狩りだな。体格はどのくらいだ?」

 グランツは、レオハルトが差し出したハンカチで汗を拭いながら、爽やかな笑顔でギムナックに訊ねた。ギムナックは日射光を避けるように額に手を翳して丘に視軸を移す。

「一体だけかなり大きいですね。もしかすると、キングに成りかけているかも知れません」

「ふむ……。リューク少年、君はどう思う?」

 急に話を振られたリュークだったが、少しも躊躇せず「キングになりたいんだね」と言った。グランツとギムナック、ソロウの三人が顔を見合わせる。

「やはりキングに成りかけの個体がいるようですが……」

「成りたくて成るものなのか、あれは」

「リューク、そいつはキングに成れるのか?」

 ギムナックが訊ねると、リュークは首を横に振った。

「なれないから歩いてきたんだ」

「どういうことだ?」

「キングは、ナワバリのなかで一匹だけだ。ここは他のキングのナワバリだから、遠くに行かないとキングになれない」

「おお……! すごいぞ、リューク!」

 ソロウが感動の声をあげた。リュークがここまで分かり易く説明するのは珍しい。馬車のそばに控えているレオハルトも小さく称賛の拍手を送っている。当のリュークは何故褒められたのかを理解してはいなかったが、ほんのり嬉しそうに頷いた。

 さあ、オークキングがいないと分かれば一安心。グランツはレオハルトに「リュークの側についていろ」と命じ、軽やかな足取りで丘を駆け上った。ソロウとギムナックもすぐ後を追いかける。

 小さな丘だが、近づいてみると急勾配で、ひと息に登り切るのは辛い。

 ソロウとギムナックが息を弾ませながら頂上に着こうというとき、ふと佇むグランツに嫌な予感がして眉を顰めた。

「う……っ」

 グランツの向こうが見えるところまで登ったソロウは、反射的に後ずさりしかけた足をなんとか踏ん張った。傾斜の緩やかな頂上付近に普通のオークが四体と一際大きいオークが固まって立っている。

 オークとグランツの間に、人間がうつ伏せに倒れている。

 息は──ない。

 体格からして男である。血だらけで、身体の一部は腐敗が始まっているらしく、歪に膨らんでいるところと肉が削げ落ちているところがある。服は殆ど破れていて、辛うじて首と腰に血塗れの布が引っ掛かっている程度だった。全身にある傷に時間差が見て取れる。治りかけの裂傷の数々、酷く化膿した腐り方をしている右肩、全身に残る打撲痕──。

 嫌な匂いが鼻をついた。


「オークどもめ……!」

 ソロウが怒りに声を震わせながら剣を構えると、オークは声とも息ともつかない「ブルル」という音を鳴らしてソロウを一瞥した。野生の眼だ。この眼を見る度、決して共生できる相手ではないのだと強く思う。

「よし、二人は右手から迂回して何体か引き付けろ。私はメイン・・・を相手す──」

 る、とグランツが言い終える前に、「行くな、リューク!」とレオハルトが叫んだ。

 唖然としつつ振り向くグランツと冒険者二人の目に飛び込んできたのは、左手に木の枝を持ち、右手でゴブリンの死体を引き摺って丘を駆け上がってくる少年の溌剌とした姿だった。無表情だが、心は満面の笑みを浮かべているようで輝く瞳が眩しい。

「リューク!」

 ソロウの後方に居たギムナックが殆ど飛びつくような格好でリュークを抱き止めた。

「こっちは危ない! すぐに馬車へ戻るんだ!」

 リュークは何故止められたのか全く分からないという風に目を丸くしてギムナックを見つめたあと、ふと不審そうに丘のてっぺんとギムナックを交互に見やってから、「これ……」とゴブリンの死体を差し出したのだった。

 ゴブリンの死体を差し出されたギムナックは、魔物でも出さないような奇妙な声を上げて後ずさった。そして、すぐに我に返ると、ゴブリンからリュークを引き剥がした。

「な、なななっ!」

 何を、とか、なんと、とかを発しようとした口は上手く動かなかったようだ。リュークは困った様子でギムナックの太い腕からなんとか逃れ、再びゴブリンの死体に手を伸ばそうとする。が、ギムナックは頑としてそれをさせまいとリュークを引き寄せる。

「だだ、駄目だ! なんだってそんなことをするんだ? なん、なんなんだ、一体? 魔物の死体で遊ぶなんて、絶対にしちゃいけない!」

「ちがうよ。オークに見せてあげるんだ」

「く──」

 狂っている! と大声を上げて慨嘆しかけたギムナックは間一髪、良く出来た自制心で声を圧し殺すことに成功した。しかし、これは──。


 戸惑うばかりのギムナックは、グランツの判断を仰いだ。
 



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