西からきた少年について

ねころびた

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王都を目指して(20〜)

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 グランツはリュークを自由にさせてみよと言った。
 ギムナックは、まるで処刑台へ歩かされるような恐怖と諦めの境地でリュークを解き放つ。

「どうか、大地の神よ……ああぁ、どうか神よ……!」

 地を這う低音の祈りの声を背にゴブリンを引き摺って丘を上がったリュークは、スキップのような楽しげな歩調で腐敗した男の亡骸のところまで行き、そこにゴブリンを放りだしてソロウの元まで駆けて戻った。

 グランツとソロウは一旦視線を交わしたあと、二つの死体とリュークとオークらを順に見やりながら状況の変化を待ってみる。

 十秒、二十秒、と無言のままオークらと対峙を続けていると、やがて大きなオークがくるりと背を向けて遠ざかり始めた。

 そこを好機ととらえたグランツが、閃光の如き速さで飛びかかり、全てのオークを背中から斬り殺した。

「……どうなってるんだ?」

 ソロウは、いつの間にかミミズ集めに夢中になって遠くへ行きそうになっていたリュークを抱き上げて尋ねたが、リュークが左手一杯にミミズを握っていることに気付くと、静かに彼を降ろして自らは地面に座り、少年と向かい合った。

「ミミズを離すんだ。ほら、可哀想だから。……そう、あ、もう少し向こうにしよう。……そうだ……いや、駄目だ、全部だ。さあ、軽く土に埋めて──……よし。それで、どうしてゴブリンをあそこに運んだんだ?」

「オークが死んでるやつを置いたからだよ」

 これは──と、ソロウは直感した。リュークのこの口ぶりは、永久問答のときのそれに似ている。

「な、なんでオークが死んでるやつ……を置いたからって、お前がゴブリンを置くんだ?」

「置くと良いからだよ」

「お前がゴブリンを置いたからオークが離れて行ったんだよな?」

「うん」

「ゴブリンを置けばオークが離れて行く……? どうしてだ?」

「オークが死んでるやつを置いたからだよ」

 すぐに寄ってきたグランツとギムナックがリュークを囲んで腰を下ろした。

「オークが死体を置いたからゴブリンを置いた、だと……?」と、グランツが大きく首を捻る。「人質交換のようなものか?」

「互いに仲間を殺したことで『手打ち』にすることを提案する行動だったのでは?」と、ギムナック。
 すると、すかさずソロウが「まさか」と否定する。

「オークとの戦いで互いに死傷者が出た事例は多いが、それでオークが引き下がったなんて話は聞いたことがない」

 三人の大人は唸り、リュークへ質問をしてみたが当然の如く噛み合わず、悶々としたまま丘を降りようと腰を浮かせた。そのとき、グランツの頬に散った血をハンカチで拭っていたレオハルトが「もしかして、あのゴブリンはオークの敵だったのでは?」と言ったので、グランツたちはあっと目を瞠った。

 ゴブリンやオークにとって、例え同種であっても縄張りを別にする群れは敵である。もしもオークたちが人間も同じだと考えたとすれば、今回のグランツ一行とオークたちは互いに互いの敵を殺したということになるだろう。
 すなわち、敵の敵は味方という訳である。

「これは大きな発見だぞ!」

 グランツは大いに喜んだ。
 魔物の習性を知ることは、魔物への対抗手段を増やすことにつながる。知識さえあれば、一般人でも魔物を撃退することができる場合もある。小さな村や町が自衛できるようになれば、冒険者はより強い魔物討伐に専念できる。そうなれば、各軍はと向き合える。



 さらなる強敵──すなわち〈魔王〉と呼ばれる存在を頂点に置く魔王軍のことである。



 魔王軍と人類は、もうずっと昔から戦争状態にあるのだ。魔王は何度か倒されているが、十年か二十年経てば復活するのが常である。魔王の配下たちはそれを知っているので、魔王不在の間も魔王軍として強い体系を維持しつつ、今日も大陸全土でチクチクと人類への攻撃を続けている。

 因みに、魔王の居城は王都よりずっと東に広がる瘴気の壁の向こう側であるとされている。されている・・・・・、というのは、英雄クラルド・ローグの魔王討伐以降に現れ始めた「〈勇者〉の称号を持って生まれた勇者」であった歴代の勇者によれば、魔王の城はたまに建替えや移転を行っているらしく、先代勇者からの情報を頼りに若き勇者が辿り着いた城がもぬけの殻であったことも珍しくないからだ。

 また、よくよく地図と照らし合わせると東というよりは南東であったり、或いは殆ど北であったりという場合もあって、魔王を見つける前に引退した勇者もちらほら──。

 そもそも、瘴気の壁は王都を中心とした一定範囲を避けるように北からぐるりと大きな弧を描いて南東あたりまで繋がっているのだ。「瘴気の壁の向こう」と一言で括るにはあまりにも広すぎる。


 さらに、瘴気の壁が西側の一部にあることも考えると、この国の周囲半分以上は瘴気の壁で覆われていることになる。

 魔物は瘴気の壁の向こうから多く現れるが、瘴気の壁とは関係のない場所でも現れるし増殖する。

 現在アルベルム軍はアルベルム領内、王国軍はアルベルム領以外の魔物討伐を担い、何とか一定の平和を維持できているものの、出来ることなら瘴気の壁を祓うべく魔王軍を集中して叩きたいというのが各軍の総意である。

 特に、アルベルムは強すぎて国から強制的に軍事予算を制限されており、今や軍隊で遠征を行うことすら不可能な状態にある。これに関しては、「人類の真の敵は人類である」と、慈悲深く穏やかなことで知られるアルベルムの教会の神官が悪態をつく程に馬鹿げた理不尽と言える。その代わり、環境保護と防寒のための補助金は惜しみなく与えられるので、アルベルム領の木こり達は一人残らず国王を支持している。

 グランツもグランツで、予算などいくらでもちょろまかしてしまえば良いものを、根っから真っ直ぐなこの男ばかりは何があっても不正と呼ばれる行いを致さないだろう。

 であるので、領民が自衛手段を持ち得ればどんなに喜ばしいことか。グランツはリュークの頭をもげそうなほど撫でまくり、褒めちぎった。


 丘の中腹で大人たちが子どもを可愛がる様は傍目にも微笑ましい光景であったが、ここでいつも冷静沈着な男レオハルトが丘から遠くを見渡しながら「ところで」と口を切る。

「リュークによればこの辺りはオークキングの縄張りだということですが、ゴブリンを追った者達は無事でしょうか?」

 はたと数秒間動きを止めた辺境伯グランツ。そして、弾かれたように立ち上がると、「まずいな!」と叫びながら、とんでもない速さで丘を駆け下りたのだった。


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