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お菓子とエールの街(28〜)
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しおりを挟む顔を真っ青にして怯えるジェフリーにいくつか質問を重ねると、漸く話は行方不明となった三人の子どものことに及んだ。
三人の子どもたちは、亜人の中でも極めて希少な種である。エルフは勿論、三毛猫種の男児などは世界中探しても数人しか居ないだろう。
ただ、狼系と犬系の混血であるとされている十歳の女児に関しては、仮に養子に出すとしても引き取り手は限られている。
何故なら、非常に高い戦闘力に恵まれた狼系の獣人は、自分の本能が「上位」と認めた相手にしか忠誠心を抱けないからだ。
これがどれほどのものかと言えば、他人に命令した行動を強制できる違法魔具「隷属の首輪」なるものを装着させても本能が拒否する為、最悪の場合は魔具の強制力に傷付けられて命を落としてしまうほどである。
逆に、本能が認めた相手に対しては絶対の忠誠を誓い、命の危険すら厭わないという。
だが、となると、単に金を積んだだけで跡継ぎや、家事手伝いや、護衛や剣闘士にしようとしても上手くいかないのは明々白々。
しかも、彼女は特別その本能が強いようである。
どこかに彼女の本能が認めるほど強くて優しくて裕福なご家庭があれば良いが、そのような都合の宜しい家は──まあ、まず簡単には見つかるまい。
十歳の女児が類稀なる血統とされながら長らく教会暮らしとなっていたのも、難しい血筋による事情からだった。
「大変でしたよ。私が用意したご飯を食べるのに、何分間も匂いを嗅いでから口をつけていました。近寄ると唸るし、何も手伝おうとしないし、一番困ったのは私の靴を隠してしまうことですね。いつも朝起きたら靴がなくて、いやあ参りました」
「確かにヨシュア様とリリアンヌ以外の言うことは全然きかなかった。でも、あの子は……『リン』は、面倒見が良くて……というか、それも本能なのかも知れないけど、いつも下の子の世話をしてたよ。子どもたちも皆リンに懐いていたし、ヨシュア様たちが居なくなってからも、リンがいたから他の子たちがまとまっていられたんだ」
ジェフリーとフルルの意見を書き留めたミハルは、「三人はヨシュア神官たちを探しに行きたがっていたんですか?」とジェフリーに尋ねた。
「ええ、それは勿論」とジェフリーは答えた。「引き留めるのにも苦労しました。ですが、結局は……。全て私の責任です。せめて残った子どもたちは守らねばと……」
「確か、今ここに残っている居る子どもは四人と聞いていますが」
ポップロンの資料によれば、残っている四人の子どもは皆人間だという。
「え、ええと、そうです。四人とも大人しくしていますよ。三人の子どもたちが居なくなってからは特に。今は廊下の奥の部屋で皆一緒に居ると思います」
「なるほど。貴方がここへ来たのは何故ですか? ヨシュア神官の行方が分からなくなるのとほぼ同時期にこの街へ来られたというのは?」
「私はヨシュア神官に呼ばれて来たのです! その……ヨシュア神官が、もっと広く孤児の里親探しをしたいと仰って……あっ! そう、だから私は彼が失踪したと思ったのです。だって、偶然にしてはあまりにも都合が良すぎるでしょう? 神官である私が、彼と入れ違いににここを訪れることになるだなんて」
大袈裟な身振り手振りを混じえて主張するジェフリーに対し、ミハルは、そうですか、と静かに言ってグランツを見た。
グランツは深刻な表情で俯いていて、かなり深く考え込んでいるか、或いは考え込み過ぎて気絶しているのかも知れなかった。
声をかけるべきか悩むミハルの後ろでレオハルトが「失礼」と口を開く。
「今日はここまでにいたしましょう。ジェフリー神官、もし何かあればエルザの宿屋まで連絡を……ああ、申し訳ありません、あともう一つだけお伺いしたいことが──」
レオハルトはちらりとリュークを見やった。さっきまでしゃがみ込んで床の木目を指でなぞっていたリュークだったが、今はギムナックがその小さな手を取ってハンカチで拭いてやっている。
「現在、埋葬は行われていますか?」
「え……」
ジェフリーは、まさかそのような質問が飛んでくるとは思っていなかったらしく、ぽかんと間抜けに口を開けた。
世界の殆どの地域では、死者の弔いを教会へ依頼する。
教会が伝える神の教えでは、全ての生命は神の導きによって土から生まれ、死ねば土へと還り、再び天へ昇るのだという。
教会は死者を土へ還すべく教会地下の〈墓地〉で魂と肉体を浄化してから一旦埋葬し、死者が土となるまで数日に渡って祈りを捧げる。
そして、神官の聖なる力によって死者の骨の一欠片まで全て土に還ると、遺族はその土に聖水を含ませて持ち帰り、地上に墓を作るのだ。
因みに、この墓地というのは特殊な部屋で、普通は聖属性の魔法で灰となってしまうアンデッドも、墓地の中では土となる。なので、身元が判明しているアンデッドは遺族が大金を積み、墓地で土にして持ち帰ることも珍しくない。
「あ、今は……此処も私もこんな状態ですから……。早く子供たちやヨシュア神官たちがお戻りになるよう、祈ることしかできません」
やっとのことで答えたジェフリーは、悲壮感を漂わせて言葉を濁した。
レオハルトは「分かりました。ありがとうございました」と短く切り上げ、すっかり硬直しているグランツの肩を強めに叩くと、一行は意識を取り戻したグランツを先頭にして教会を後にした。
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