西からきた少年について

ねころびた

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お菓子とエールの街(28〜)

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 グランツたちは教会を出てから夕方まで聞き込みに奔走したが、子どもたちを見かけたというような耳に新しい情報はついぞ得られなかった。

 強いて言えば、ヨシュアが最後に街を出るときにはいつものように貧しい人々へ配るためのパンや水の入った樽をいくつか積んだ小さな馬車で、御者台に孤児である人間の幼女と並んで座り、いつものように柔和な笑顔で門兵に挨拶して行ったということくらいだろうか。


 その聞き込みの際に外壁の東門を訪れたとき、「検問は素通りですか」とミハルが何の気なしに聞いたところ、門兵の一人が露骨に不機嫌な顔になって、
「なんだよ、俺らが怠けてるって言いたいのかい? 神官様はなあ、いつだってこの街の人を助けてくれてたんだ。いや、この街以外の人もだ。これまで教会にやってきた孤児たちだって、神官様の力で大勢が里親を見つけられて幸せに暮らしてるさ。そんな偉大な神官様を一々引き止めて荷物を検めろって?」
 と凄んだので、グランツが割って入って、
「いや、すまんな。この淑女は検問が大好きなんだ」と一風変わった言い訳を述べた。
 すると、慌てた門兵が「なんと……! いやはや、それは申し訳ない。私が間違っておりました。検問好きなどと、子ども以外では初めて聞いたもので。や、誠に申し訳ありませんでした」と恭しく敬礼したものだから、ミハルは居た堪れない気持ちで「ごめんなさい、検問が好きなことを先に言うべきでした」と不本意な謝罪をする羽目になったのだった。


 門を後にして街中へ戻った今も、笑いを堪え切れないソロウと、リュークを肩車に乗せたまま思い出し笑いに苦しむギムナック。
 グランツなどは道の真ん中ではばからず声を上げて笑っている。
 よく見れば、その隣でレオハルトも口元を押さえている。
 唯一、フルルだけが暗い表情で俯いている。

 呆れたミハルは男どもに冷ややかな一瞥いちべつをくれると、ギムナックの高い肩車の上でギムナックのツルツル頭を撫でつけているリュークをべりっと引っ剥がして抱え、フルルも連れて、さっさと宿の食堂へと向かった。










 食堂は、今日もすこぶる繁盛しているようだった。そこへグランツが来たと分かると、余計盛り上がった。陽気な音楽。高らかな口笛。口々にグランツを褒め称えては、すぐ恥ずかしそうに笑う気の良い客たち。

 しまった、もう少し静かな場所を探すべきだった、とミハルはフルルを想って後悔したが、意外にもフルルは構わないらしく、少人数で席についている客たちを次々と隅のテーブルへ追いやって相席させると、見る間に全員が一緒に座れるテーブルを確保してしまった。



「門兵は、どこの門もきっちり検問をしてたって言ってたね」

 フルルは言いながら、早くもテーブルに届いたエールやジュースの樽ジョッキを配っていく。

「うむ、ヨシュア・クリークと私たち以外に対しては、馬車の積み荷は一つ残らず開けて、荷台が二重底になっていないかまで厳重に検めたと」

 グランツは、手元に来たエールのジョッキを軽く持ち上げ、一口飲んでから言った。他の面々もそれにならってジョッキを小さく掲げてから飲み始める。

「ってことは、子どもらはまだ街の中に居るってことになりますねえ」と、無精髭を撫でながらソロウ。
 
「街に来ている殆どの冒険者は今回の件をの依頼として受けているはずだが、まだ何の報告もないようだ。閣下の兵もずっと街の中と外を探しているというのに、僅かな痕跡こんせきすら見当たらないらしい」と、後ろから運ばれてきた料理を受け取りながらギムナック。

 レオハルトも受け取った皿をテーブルに置きつつ、「昼食時にテルミリアの領地管理人にも話を聞きに行って参りましたが、彼らも尽力してはいるものの、未だ何の手掛かりもないとのことでした」と報告した。

「どこか怪しい場所はないの? たしか、この街にも比較的治安の良くない場所があったわよね?」

 ミハルが料理の皿を具合良く並べながら尋ねると、フルルは「冒険者仲間に手伝ってもらって全部見て回ったよ」と溜め息混じりに答えた。

ぁ?」

 ミハルは素っ頓狂な声を上げて驚く。甘い葡萄ぶどうのジュースに夢中なリューク以外の大人たちも揃って驚く。

「あ、あなた、冒険者だったの!?」

 ミハルが身を乗り出して言うと、フルルは初めて小さく笑いながら、「あれ、言ってませんでしたっけ、先輩?」と軽くおどけてみせた。

 フルルはヨシュア・クリークのすすめで冒険者登録をしたと言った。フルルが十三歳のときである。

「今十五歳だから、もう二年になるんだ。自分一人でも生きていけるようになりなさいって、ヨシュア様によく言われてたから。職人にはなれそうもなかったし、冒険者を選んだ。危ない依頼は避けてるし、案外楽しいし、今はこの道を選んでよかったと思ってるよ」

「いやぁ……若いのにしっかりしてるなぁ……」

 ソロウ、ギムナック、ミハルの三人は、話を聞きながら感心して何度も頷いた。

 対し、グランツとレオハルトは為政者いせいしゃの立場から苦みのある心境で若き冒険者の少女を見つめる。


 テルミリアは、かつては伯爵領であったところを、グランツの祖父の代にアルベルム辺境伯領として併合された土地である。

 併合当初のテルミリアといえば、「街」とは名ばかりの慎ましやかなで、ただ中心にそびえる伯爵の城だけがこの町を王から賜りし栄誉ある伯爵領たらしめていた。

 それを、グランツの祖父は少し発展させた。城が食糧の保管に適切な温度と湿度を保てることに気付き、当時生産が盛んだった砂糖や大麦の流通経路の要所としたのである。

 以降、グランツの代までで街並みをここまで整え、各ギルドを招致し、菓子とエールは広く知られる名物となり、その日暮らしの酒浸りから菓子に魅入られし大貴族までとりこにしてしまう立派な都市として面目を改めたテルミリア。

 行政も上手く機能していると思われたが、孤児の独立支援などの局所的な政策までは手が回っていないようだ。もしくは、孤児が集まり過ぎないようにあえて行わないこともある。難儀なことだ、とグランツは口を引き結んだ。
 


 一部の世知辛さを痛感する大人たちをよそに、リュークが「ねえ」とミハルの向こうからフルルを見上げる。

「フルルもゴブリンを殺してお金をもらうの?」

 ガタ、と誰かの椅子が鳴った。
 おいおい、とソロウが苦笑して言う。

「誰がそんなことを教えたんだ?」

「ユフラ婆さんだよ。冒険者はゴブリンを殺してお金を受け取るものだって」

「まあ、間違いじゃあねえんだが」

 なんだかなあ、と複雑な表情で頬を掻くソロウに、フルルはついに声をたてて笑った。

 可笑しな人達だ、と思った。筋肉まみれの風変わりな領主と、冷静で綺麗な側近。親しみやすい冒険者たちと、「2銀貨」のスライムを抱えていた純粋そうな少年。

 親同然のヨシュアと、聖母のように優しかったリリアンヌの行方は知れず、一刻も早く三人の子どもを助けなければいけない今の状況で、けれど俯いて悲観にくれていたところで何が変わる訳でもないのだ。

(それに、なんだか胸がそわそわする。何かが起こりそうな予感がする。この人たちと居ると、何か──)

 いつの間にかじっと料理を見つめていたフルルは、心配そうな顔を向けているミハルに「大丈夫だよ」と伝えてフォークを握った。

 子どもたちが消えて三日目が来る。状況は、いよいよ差し迫っている。

 
 

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