西からきた少年について

ねころびた

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お菓子とエールの街(28〜)

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 事態が急変したのは、夜明け前のことだった。
 見張り番の兵士がレオハルトに急報を伝えに来た。

「教会の神官が拘束されました」















 レオハルトはグランツと冒険者たちを起こして回り、ベッドの上で森の昆虫とスライムとを戦わせていたパジャマ姿のリュークと、五人のアルベルム兵と、途中でフルルも合流して、全員で街の東門へ駆け付けた。

「ジェフリー神官!?」

 先ず、ミハルが喫驚きっきょうして声を上げた。

 目の前には、どこからどう見てもお縄にかかったらしいジェフリー・サンの姿がある。

 上半身から足首まで縛り上げられ蓑虫みのむしのような格好で地面に転がされているジェフリー。軽く殴られたようで、血と涙を流して呻いている。門のすぐ脇には荷馬車がとめてあり、その近くに五つの樽が並べてある。

 一目で着替え途中か変態のたぐいと分かるフリル付きのに絹のパジャマパンツ姿で仁王立ちのグランツを見つけ、目を疑いつつも敬礼する門兵が二人。

 他に五人のテルミリア兵と、ビードーのパーティーを含めた二十名程の冒険者が応援に来ているようで、現場は幾らか騒がしくなっている。

 グランツたちが一体何から質問すべきかと考えている間に、街の方からポップロンが馬に乗ってやって来た。

「ポールマン様!」

 ポップロンは危なっかしい動きで馬を降りると、ヨタヨタとふらつきながらグランツのそばまで来て、「神官が、四人の子どもを樽に入れて街から出ようとしたのです」と、まるでグランツたちの心を読んだかのように説明した。

 レオハルトにくしで髪を整えられているグランツの頭が追い付いていない中、フルルが噛みつくような勢いで問う。

「その子どもたちは無事なのか!?」

「え、ええ、薬か何かで眠らされているだけのようですが、念のため回復魔法が使える冒険者を呼んで、今はギルド会館で様子をみていますよ」

「良かった……! 他の、三人の子どもたちは……?」

「それが、まだ……。ジェフリー・サンは『何もしていない』の一点張りで──」

 泣きそうに顔を歪めたフルルをミハルが抱きしめた。大丈夫、諦めないわ、と繰り返すのが、まるで自らにもそう言い聞かせているようだ。


 その後は領主側近であるレオハルトが取り仕切り、慌ただしく五人のアルベルム兵に駿馬しゅんめを与えて東門から出発させた。

 そして、ジェフリーを冒険者ギルド会館の地下にある牢屋へ放り込んだ。
 


 現在、フルルとポップロンを入れた八人はギルド会議室の十人掛けの広いテーブルで会議を行っているところである。

 

 ジェフリーの言い分は「この街は危険なので、子どもたちを別の教会へ預けに行こうとしたのです」ということだったが、深夜に子どもを樽に詰めて出発進行する神官など居るものか。

 テルミリアの周りには魔物も居て、しかも東に向かえば領地境で、通行許可の条件が世界最難関とも云われる狂気の関所があり、さらに万が一通れたとしても教会のある次の街まではかなり遠い。

 やや北東に逸れれば一日で辿り着けるアルベルム領内の村があるにはあるが、そこに教会は無いし、少なくとも樽の一つに入っていた僅かな水だけでは、四人の子どもと一緒に行く備えとしては不十分である。

 ジェフリーは四人の子どもを売ろうとしたのだ。

 レオハルトの推察するところによれば、どこかに子どもたちを受け取りに来た者が隠れている。おそらくは街の外、東方面の街道から少し離れたところに潜んでいると思われる。

 アルベルム兵がその人物を捕らえることが出来れば、ジェフリーの罪は確定する。

 これには冒険者の四人もポップロンも同意見だった。

 ただ、有能なレオハルトの推理はそこで終わらない。

 レオハルトは、革袋から取り出した昆虫──焦げ茶色で、頭部にはカブトムシのようなつのと、クワガタのように左右に開く顎だかつのだかが生えていて、側頭部には小さな三角錐形のつのがあり、背中は羽が無い代わりに、中心線に側頭部と同じようなつのが五つ並んでいるといういかつい昆虫である──をテーブルに乗せて観察しているリュークにちらりと目を向ける。

「ジェフリー・サンは本物の神官なのでしょうか」

 えっ、と驚く大人たちの間で、フルルだけは「やはり」という顔をした。
 フルルは、「あいつは初めからおかしかった」と言う。

「ヨシュア様とリリアンヌが帰ってこないからって、気を病んだふりして加護や埋葬を断ってた。それに普通、神官はパンを焼いて、それを貧しい人に配るだろ? なのに、あいつはかまの使い方も材料も知らなかったんだ。だけど、ヨシュア様の字で書かれた手紙を持っていたし、神官の服も着てたから、疑いきれなくて……。でも、やっぱりあいつは偽物で間違いないと思う」

 真っ赤な目にありありと怒りの色が浮かんでいる。レオハルトはフルルの気持ちを受け取るように頷くと、「リューク」と昆虫に気をやっている少年を呼んだ。

 リュークは真っ黒な瞳をレオハルトに向ける。

「森で見つけたんだよ。大きくなったら違う森に連れて行くんだ」

 大人たちは、なんとも場違いな返答にぽかんとしたり、ちょっぴり噴き出してから慌てて口を手で覆ったり、虫を見て苦い顔になったりした。特にポップロンは虫が大の苦手で、「ひいっ」と情けない声を上げずにおれなかった。

 また、リュークの両隣に座っているミハルとギムナックは「餌は大丈夫なの?」「立派になるといいな」と寛大な構い方をした。リュークは餌について考えていなかったので、後でギムナックに世話の仕方を教わることになった。


 ──などと、例え無邪気の権化である少年からこのように思いがけない反応が返ったとしても、レオハルトは冷静である。

「教会の床が気になりましたか?」

 尋ねると、リュークは角だらけの昆虫の背に視線を這わせながら「床の中に部屋があって」と言った。
 「ええ」と頷くレオハルト。

「あの床の下が、墓地になっているそうです」

 瞬間、空気が凍りついた。

 
 悲鳴を上げようとしたポップロンは、それすらも失敗し呼吸が止まっている。ギムナックは鳥肌の立った両腕を抱き締めるように身を縮めて固まっている。

 ソロウ、ミハルはすぐに我に返り、顔面蒼白のギムナックを見て呆れている。

 グランツは、何が出てきたところで殴ればよいと考えている。

 フルルは、元より教会のことはよく知っている。だが、リュークがあの部屋からそこをじっと見ていたという事実に背筋が寒くなった。

 さらに、リュークは世にも怖ろしいことを口にする。




「人が居たから、見てたんだ」
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