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ヴレド伯爵領(47〜)
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グランツは馬上で二度咳払いし、それから意を決して重い口を開く。
「やあ伯爵、いかがなされたのだ? 何故このようなところに一人で? それに、まるで雷にでも打た…………あ、そうか、雷か」
グランツたちは得心がいって、不運に見舞われたらしい伯爵に同情する。
困り顔のヴレド伯爵は、初めこそ馬を降りて近付いてくるグランツに目を向けたが、すぐにグランツのずっと後ろへと視線をずらした。
──リュークの乗っている馬車を見ている。
普段は鋭く不気味な光を湛えている三白眼に浮かんでいた困憊の色が、みるみる驚愕のものへと変わっていく。
ミハルはとても嫌そうな顔で馬の手綱を引き、さりげなくヴレド伯爵の視線を遮った。
ヴレド伯爵の白馬が苦しげに鳴いている。伯爵は馬の首を撫でてやりながら、一言二言と、聞き取れぬほど小さく呟きはじめた。
グランツたちは、ぎょっとして一歩下がる。何せ、喜ばしくないことにドラク・ヴレド伯爵は魔法の天才なのだ。
通常、人々の羨望の的となるはずの天賦の才は、ヴレド伯爵のひん曲がった性格と組み合わさったことによって人々から簡潔に「最悪の才能」と呼ばれている。
(何の呪文だ? まったく、厄介な──)
と、無意識に漏れたただの独り言を警戒されていることに気付きもせず、ヴレド伯爵はミハルが塞いだ方向に目を向けたまま尋ねる。
「アルベルム卿、あれは……一体、何を連れていらっしゃるのです?」
「……ん? 伯爵、なんだ、いつもと話し方が……いや、すまない、何と言ったのです?」
「ですから、あの馬車の中身です。何を乗せておられるのですか?」
グランツはぐるんと振り向いた。そこに立っていたミハルはびくっと肩を跳ねて固まる。すると、レオハルトが颯爽とミハルの前を通ってグランツの一歩後ろで止まり、美しく腰を折って礼をした。
これを見た伯爵は、「おお、久しいなレオハルト君」と言い、レオハルトは表情こそ崩さなかったものの、内心ぎょっとした。
いつもの伯爵であれば「平民風情が、身のほどを弁えんか」と怒鳴り散らすところ、これは明らかな異常である。
「ご無沙汰しております、ヴレド伯爵。恐れながら申し上げます。あの馬車には、王が召喚なされた子どもが居ります」
「ふむ、やはり──」
ヴレド伯爵は、馬を撫でていた手を止めて立ち上がった。兵士らが松明を持っているため不要となったからか、伯爵の三つの光は夜空に吸い取られるように消えた。
ヴレド伯爵は、とても紳士的な振る舞いでリュークの馬車を訪ねた。
ノックをし、ドアを開けて深々とお辞儀をした初老の男に対し、リュークは腰掛けていたシートを降り、拙くペコリと腰を折ってお辞儀を返した。
慌てて様子を見に来ていたグランツとレオハルトとソロウや数名のアルベルム兵は、リュークがとった行動に感動で胸がいっぱいになった。あの何も知らなかった子どもが、いつの間にか礼を身につけていたのだ。これがアルベルムの街であれば、新聞の一面に載ってもおかしくない出来事である。
「いやはや、賢い坊やだ。名はなんというのかな」
「リューク。あなたは誰?」
「私はヴレド伯爵ドラクである。少し中へ入っても構わないかね?」
「うん」
と言いつつ、伯爵が中へ入って腰掛けるなり外へ出ようとするリューク。ちょい待て、とソロウが止める。
「伯爵は、中で一緒に話をしようって仰ったんだ」
「ドラク?」
「『ヴレド伯爵』」
「ウレド」
「『伯爵』」
「ハクシャク」
「そうだ。さあ、戻って、座って。大変失礼を致しました、ヴレド伯爵」
恭しく腰を折って謝罪を述べたソロウを見て、伯爵は三白眼を微かに見開いた。そして、魔法を使って静かにドアを閉めようとした。
しかし、グランツがドアを押さえてそれを止めた。
「む……! なんだね、離したまえよアルベルム卿」
「失礼、今の私はその子の保護者なのでね。私も同席させてもらう」
「同席ぃ? ……まあ、構わぬか」
グランツたちは、ほっと胸を撫で下ろす。
何やら様子のおかしなドラク・ヴレド伯爵だが、普段より余程扱いやすいようである。そして、何故かソロウも呼ばれて同席することとなった。
「やあ伯爵、いかがなされたのだ? 何故このようなところに一人で? それに、まるで雷にでも打た…………あ、そうか、雷か」
グランツたちは得心がいって、不運に見舞われたらしい伯爵に同情する。
困り顔のヴレド伯爵は、初めこそ馬を降りて近付いてくるグランツに目を向けたが、すぐにグランツのずっと後ろへと視線をずらした。
──リュークの乗っている馬車を見ている。
普段は鋭く不気味な光を湛えている三白眼に浮かんでいた困憊の色が、みるみる驚愕のものへと変わっていく。
ミハルはとても嫌そうな顔で馬の手綱を引き、さりげなくヴレド伯爵の視線を遮った。
ヴレド伯爵の白馬が苦しげに鳴いている。伯爵は馬の首を撫でてやりながら、一言二言と、聞き取れぬほど小さく呟きはじめた。
グランツたちは、ぎょっとして一歩下がる。何せ、喜ばしくないことにドラク・ヴレド伯爵は魔法の天才なのだ。
通常、人々の羨望の的となるはずの天賦の才は、ヴレド伯爵のひん曲がった性格と組み合わさったことによって人々から簡潔に「最悪の才能」と呼ばれている。
(何の呪文だ? まったく、厄介な──)
と、無意識に漏れたただの独り言を警戒されていることに気付きもせず、ヴレド伯爵はミハルが塞いだ方向に目を向けたまま尋ねる。
「アルベルム卿、あれは……一体、何を連れていらっしゃるのです?」
「……ん? 伯爵、なんだ、いつもと話し方が……いや、すまない、何と言ったのです?」
「ですから、あの馬車の中身です。何を乗せておられるのですか?」
グランツはぐるんと振り向いた。そこに立っていたミハルはびくっと肩を跳ねて固まる。すると、レオハルトが颯爽とミハルの前を通ってグランツの一歩後ろで止まり、美しく腰を折って礼をした。
これを見た伯爵は、「おお、久しいなレオハルト君」と言い、レオハルトは表情こそ崩さなかったものの、内心ぎょっとした。
いつもの伯爵であれば「平民風情が、身のほどを弁えんか」と怒鳴り散らすところ、これは明らかな異常である。
「ご無沙汰しております、ヴレド伯爵。恐れながら申し上げます。あの馬車には、王が召喚なされた子どもが居ります」
「ふむ、やはり──」
ヴレド伯爵は、馬を撫でていた手を止めて立ち上がった。兵士らが松明を持っているため不要となったからか、伯爵の三つの光は夜空に吸い取られるように消えた。
ヴレド伯爵は、とても紳士的な振る舞いでリュークの馬車を訪ねた。
ノックをし、ドアを開けて深々とお辞儀をした初老の男に対し、リュークは腰掛けていたシートを降り、拙くペコリと腰を折ってお辞儀を返した。
慌てて様子を見に来ていたグランツとレオハルトとソロウや数名のアルベルム兵は、リュークがとった行動に感動で胸がいっぱいになった。あの何も知らなかった子どもが、いつの間にか礼を身につけていたのだ。これがアルベルムの街であれば、新聞の一面に載ってもおかしくない出来事である。
「いやはや、賢い坊やだ。名はなんというのかな」
「リューク。あなたは誰?」
「私はヴレド伯爵ドラクである。少し中へ入っても構わないかね?」
「うん」
と言いつつ、伯爵が中へ入って腰掛けるなり外へ出ようとするリューク。ちょい待て、とソロウが止める。
「伯爵は、中で一緒に話をしようって仰ったんだ」
「ドラク?」
「『ヴレド伯爵』」
「ウレド」
「『伯爵』」
「ハクシャク」
「そうだ。さあ、戻って、座って。大変失礼を致しました、ヴレド伯爵」
恭しく腰を折って謝罪を述べたソロウを見て、伯爵は三白眼を微かに見開いた。そして、魔法を使って静かにドアを閉めようとした。
しかし、グランツがドアを押さえてそれを止めた。
「む……! なんだね、離したまえよアルベルム卿」
「失礼、今の私はその子の保護者なのでね。私も同席させてもらう」
「同席ぃ? ……まあ、構わぬか」
グランツたちは、ほっと胸を撫で下ろす。
何やら様子のおかしなドラク・ヴレド伯爵だが、普段より余程扱いやすいようである。そして、何故かソロウも呼ばれて同席することとなった。
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