西からきた少年について

ねころびた

文字の大きさ
58 / 199
ヴレド伯爵領(47〜)

57

しおりを挟む

 銀色の魔狼の正体は、テルミリアの教会で保護されていたリンという少女であった。

 最初は全く信じられないと疑念をあらわにしていた兵士や冒険者たちも、流石に目の前で魔狼から獣人の姿に変わるところを見せられては何も言えない。

 素っ裸の少女に慌てたミハルが土魔法で作った壁でリンを囲ったが、リンはすぐに魔狼に変身して壁を破壊してしまった。

「リンは狼のときの方が楽なんだ」

 リンは魔狼の姿のときは人の言葉を話せない。しかし、リュークと魔狼リンは言葉なしでも意思疎通ができるので、テルミリアに居たときには人の姿でいるようヨシュア・クリーク神官に言い付けられていたことや、フルルにはリュークと一緒に行くと伝えてあることなど、いくつかを説明した。

「いやあ、驚いた。まさか魔狼の正体がリンだったとは」

 と、暫くして戻ってきたグランツは啞然として言った。そんな彼の格好はといえば、服は上から下までボロボロ──というより、殆ど奇跡的に腰回りしか残っていない──で、髪はうなじから前髪まで大胆に逆立っており、靴は左右とも行方不明で、靴下は右だけ履いている状態。日頃グランツの暴れぶりを見慣れているはずの兵士たちですら、この露出度の高い装いを直視するにはいくらかの勇気が必要だった。

「リンは獣人じゃなくて魔狼なんだよな? 魔狼は、みんなリンみたいに人型になれるのか?」

 レオハルトがグランツの衣装替えを行う間、ソロウはしつこく顔を近付けてくるペガサスの鼻を手で押し返しながら次々と涌いて出る疑問を口にした。リュークもリンも「魔狼」という括りに関してあまり理解しておらず、リュークは「リンはリンだ」とだけ述べた。

「リンが獣人じゃないことをフルルやリリアンヌは知っているのか」と、ギムナックも質問を投げた。

「フルルは知ってる。リリアンヌはちょっとだけ知ってる」

 リンを保護したのはヨシュア神官だった。フルルは鑑定スキルですぐにリンに秘密があることに気付き、ヨシュアはリンの教育をフルルに任せた。リリアンヌは、言葉も一般知識も身につけていないリンに秘密があることを察して、特に気に掛けていたらしい。

 ギムナックやソロウ、その他の面々も質問したいことは山のようにあるが、一先ずは食事にすることになった。


 食事の際、テルミリアから飲まず食わずでここまで来たというリンは、三人前のスープだけでは到底満足できず、木箱の肉や魚を漁って大量に食べた。水瓶も二つ空にした。
 驚くべき事に、リンは体の大きさを調整できるらしく、何かを食べるごとに大きくなっていった。
 馬よりもずっと大きくなったリンは、食事を終えるとすぐに眠くなり、リュークを咥えて天幕に入ると、そのままリュークを抱き込んで寝てしまった。

 歯磨きをしないと──と心配するミハル。しかし、天幕の入口は巨大な魔狼の尻尾で塞がれてしまっている。

「一日くらい大丈夫ですよ」

 意外にもレオハルトがそう言ったので、ミハルはもどかしい思いを抱えつつ「そうね」と諦めて溜息を吐いた。

 グランツの隣では、縮こまって座るヴレド伯爵がちびちびとパンを千切って食べている。さらにその隣では、ペガサスが目の前に積まれた干し草には見向きもせず、ソロウのスープやパンを奪い取ろうとしたり、鼻息を吹きかけたりしている。ソロウはついに我慢ならず「やめろ、なんなんだこの性悪な馬は!」と悪態をついて逃げだそうとするが、ペガサスはソロウの服を噛んで逃がさない。

 グランツは、目を輝かせて「ところで」とレオハルトへ切り出した。

「リンは連れて行くしかあるまいな。獣人ならともかく、魔狼となると教会に置いておく方が危険だ」

「ええ、仕方がありませんね。リンが体を小さくできるなら、首輪をつければ街なかでも一緒に歩けるでしょう。最悪、リュークの鞄に──」

 と、既に色々な事態を想定しているレオハルト。
 会話どころではないソロウは、一旦諦めてペガサスにスープを分けてやることにしたようだった。ペガサスは喜んで肉を食べ、野菜も食べた。ペガサスとなったことで、馬だった頃とは食性が変化したのだろうか。ハンターであるギムナックが興味深く観察し、紙に記録している。
 それを見たグランツが、思い出したかのようにペガサスについて尋ねる。

「このペガサスは伯爵の馬なのか? 魔物に見えるが」

「そういえば、我々も詳しく聞いていませんでしたね。何なのですか、このペガサスは」

「このペガサスは──」

 ミハルとギムナックは、白馬がペガサスに進化したときのことをグランツやレオハルトたちに語って聞かせた。




 周辺に新たな魔物の気配はなく、すっかり穏やかな夜が訪れていた。
 今日は、いやに長い一日だった。
 襲撃してくるような魔物は居らず、道も悪くなかったのに、いつもより疲労を感じる。いつも元気なグランツでさえ、今はスプーンを持ったままぼんやりとしている。あれだけ派手に戦ったのだから当然だろう、とレオハルトは呆れる。
 ぽつりぽつりと会話しながら食事を終えた一行は、やがて誰からともなしに片付けを終えると、それぞれに就寝を早めることにしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔法筆職人の俺が居なくなったら、お前ら魔法使えないけど良いんだよな?!

川井田ナツナ
ファンタジー
俺は慈悲深い人間だ。 だから、魔法の『ま』の字も理解していない住民たちに俺の作った魔法筆を使わせてあげていた。 だが、国の総意は『国家転覆罪で国外追放』だとよ。 馬鹿だとは思っていたが、俺の想像を絶する馬鹿だったとはな……。 俺が居なくなったら、お前ら魔法使えなくて生活困るだろうけど良いってことだよな??

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)

みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。 在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

処理中です...