西からきた少年について

ねころびた

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ヴレド伯爵領(47〜)

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 銀色の魔狼の正体は、テルミリアの教会で保護されていたリンという少女であった。

 最初は全く信じられないと疑念をあらわにしていた兵士や冒険者たちも、流石に目の前で魔狼から獣人の姿に変わるところを見せられては何も言えない。

 素っ裸の少女に慌てたミハルが土魔法で作った壁でリンを囲ったが、リンはすぐに魔狼に変身して壁を破壊してしまった。

「リンは狼のときの方が楽なんだ」

 リンは魔狼の姿のときは人の言葉を話せない。しかし、リュークと魔狼リンは言葉なしでも意思疎通ができるので、テルミリアに居たときには人の姿でいるようヨシュア・クリーク神官に言い付けられていたことや、フルルにはリュークと一緒に行くと伝えてあることなど、いくつかを説明した。

「いやあ、驚いた。まさか魔狼の正体がリンだったとは」

 と、暫くして戻ってきたグランツは啞然として言った。そんな彼の格好はといえば、服は上から下までボロボロ──というより、殆ど奇跡的に腰回りしか残っていない──で、髪はうなじから前髪まで大胆に逆立っており、靴は左右とも行方不明で、靴下は右だけ履いている状態。日頃グランツの暴れぶりを見慣れているはずの兵士たちですら、この露出度の高い装いを直視するにはいくらかの勇気が必要だった。

「リンは獣人じゃなくて魔狼なんだよな? 魔狼は、みんなリンみたいに人型になれるのか?」

 レオハルトがグランツの衣装替えを行う間、ソロウはしつこく顔を近付けてくるペガサスの鼻を手で押し返しながら次々と涌いて出る疑問を口にした。リュークもリンも「魔狼」という括りに関してあまり理解しておらず、リュークは「リンはリンだ」とだけ述べた。

「リンが獣人じゃないことをフルルやリリアンヌは知っているのか」と、ギムナックも質問を投げた。

「フルルは知ってる。リリアンヌはちょっとだけ知ってる」

 リンを保護したのはヨシュア神官だった。フルルは鑑定スキルですぐにリンに秘密があることに気付き、ヨシュアはリンの教育をフルルに任せた。リリアンヌは、言葉も一般知識も身につけていないリンに秘密があることを察して、特に気に掛けていたらしい。

 ギムナックやソロウ、その他の面々も質問したいことは山のようにあるが、一先ずは食事にすることになった。


 食事の際、テルミリアから飲まず食わずでここまで来たというリンは、三人前のスープだけでは到底満足できず、木箱の肉や魚を漁って大量に食べた。水瓶も二つ空にした。
 驚くべき事に、リンは体の大きさを調整できるらしく、何かを食べるごとに大きくなっていった。
 馬よりもずっと大きくなったリンは、食事を終えるとすぐに眠くなり、リュークを咥えて天幕に入ると、そのままリュークを抱き込んで寝てしまった。

 歯磨きをしないと──と心配するミハル。しかし、天幕の入口は巨大な魔狼の尻尾で塞がれてしまっている。

「一日くらい大丈夫ですよ」

 意外にもレオハルトがそう言ったので、ミハルはもどかしい思いを抱えつつ「そうね」と諦めて溜息を吐いた。

 グランツの隣では、縮こまって座るヴレド伯爵がちびちびとパンを千切って食べている。さらにその隣では、ペガサスが目の前に積まれた干し草には見向きもせず、ソロウのスープやパンを奪い取ろうとしたり、鼻息を吹きかけたりしている。ソロウはついに我慢ならず「やめろ、なんなんだこの性悪な馬は!」と悪態をついて逃げだそうとするが、ペガサスはソロウの服を噛んで逃がさない。

 グランツは、目を輝かせて「ところで」とレオハルトへ切り出した。

「リンは連れて行くしかあるまいな。獣人ならともかく、魔狼となると教会に置いておく方が危険だ」

「ええ、仕方がありませんね。リンが体を小さくできるなら、首輪をつければ街なかでも一緒に歩けるでしょう。最悪、リュークの鞄に──」

 と、既に色々な事態を想定しているレオハルト。
 会話どころではないソロウは、一旦諦めてペガサスにスープを分けてやることにしたようだった。ペガサスは喜んで肉を食べ、野菜も食べた。ペガサスとなったことで、馬だった頃とは食性が変化したのだろうか。ハンターであるギムナックが興味深く観察し、紙に記録している。
 それを見たグランツが、思い出したかのようにペガサスについて尋ねる。

「このペガサスは伯爵の馬なのか? 魔物に見えるが」

「そういえば、我々も詳しく聞いていませんでしたね。何なのですか、このペガサスは」

「このペガサスは──」

 ミハルとギムナックは、白馬がペガサスに進化したときのことをグランツやレオハルトたちに語って聞かせた。




 周辺に新たな魔物の気配はなく、すっかり穏やかな夜が訪れていた。
 今日は、いやに長い一日だった。
 襲撃してくるような魔物は居らず、道も悪くなかったのに、いつもより疲労を感じる。いつも元気なグランツでさえ、今はスプーンを持ったままぼんやりとしている。あれだけ派手に戦ったのだから当然だろう、とレオハルトは呆れる。
 ぽつりぽつりと会話しながら食事を終えた一行は、やがて誰からともなしに片付けを終えると、それぞれに就寝を早めることにしたのだった。
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