西からきた少年について

ねころびた

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テヌート伯爵領(60〜)

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 誰も何も言わなかったのが気に障ったのか、エルフはグランツの肩を押し退けると、ツカツカと歩いてアルベルム兵の壁の前に立った。

「邪魔だ、虫けらども」

 本心から人間を虫けらと思っている声である。
 しかし、一つの動揺も見せないアルベルム兵。

 冒険者の街アルベルムでは、まれに荒くれ者の冒険者たちも居る。ルールは守るが、尖りっぱなしの冒険者。彼らは、辺境伯に忠誠を尽くす真面目な兵士たちとは相容れない。なので、まるで悪党のような出で立ちの彼ら──特に、街へ来たばかりの──に暴言を投げ付けられ慣れた兵士らには、言葉の刃に対する耐性が備わっているのだ。

 ただし、心優しいグランツはこれを見過ごさない。

「待て待て、エルフの方。そうやって藪から棒に絡むのはやめてくれないか」

「……なんだ貴様。低俗な筋肉ダルマは黙って岩でも持ち上げていろ」

「私はグランツ・フォン・ポールマン・アルベルムである。今は急ぎテヌート伯爵の城を目指しているので、岩を持ち上げている暇はない。ところで君の方こそ何者だ?」

「アルベルム……? なるほど、どうりでギガントトロールの気配がすると思ったら、貴様が辺境伯か」

 エルフにとって、砦のような巨体のギガントトロールとアルベルム辺境伯は同等らしい。
 また、これでもアルベルムに対しては侮蔑の感情が薄いのか、発作的に相手の精神をすり潰すようなおぞましい暴言は飛び出てこなかった。とはいえ、エルフにとって立ちはだかる兵士たちが邪魔なことには変わりない。

「真面目な人間というのは本当に面倒臭いな。いいから早くこの鎧どもをどかせろ。さもなくば、射るぞ」

 流石にアルベルム兵もほんの少したじろいだ。恐れた訳ではなかったが、突然に戦闘の可能性が生じれば主の反応を見ない訳にはいかない。

 グランツは、「目的を教えてくれないか」と落ち着き払った様子でエルフとの会話を続けようとしている。

 リュークはリンの頭を撫でている。

 前触れなく、暗闇の中で立ち止まっているエルフの集団から甲高い音を立てて一矢が飛んできた。グランツは、それを素手で捕まえて軽くへし折った。
 エルフの耳がピクリと動いた。

「ふん、ギガントトロールよりは動けるようだな。私の名はテオフ、北の長の息子だ。世界樹の声がしたので、この先の荒野へ向かっている」

「北の長の息子テオフか、覚えておこう。ところで、世界樹がこの先にあると? この先の荒野とはヴレド伯爵領だろう。我々はそこから来たが、世界樹の噂など一つたりとも聞こえなかったぞ」

「すぐに死ぬくせに、わざわざ覚えなくて良い。それより、馬鹿で間抜けな人間共は世界樹と枯れ木の違いも判らんらしいな。まあ、世界樹だって人間なんぞとは関わりを持ちたくないだろうから、貴様らはさっさと消え失せろ」 

「いいや、覚えたぞ北の長の息子テオフ。私はアルガ・フォン・ポールマンの息子グランツだ。確かに世界樹を見たことはないが、枯れ木のような見た目をしているのか?」

「真面目すぎるぞ、アルガ・フォン・ポールマンの息子グランツ・フォン・ポールマン・アルベルム。枯れ木とは似ても似つかないから、人間などという下等種族は全く異なるものも見分けられないのかと馬鹿にしたつもりだが」

 一見危うい会話のようで、相性は悪くなさそうなテオフとグランツ。
 テオフは、地面すれすれの沸点と残忍な口を持つといわれるエルフの中で意外にも気が長く、エルフの飛矢ひしを容易く手折るような強者であれば、人間相手でもまともに取り合ってくれるらしい。

 アルベルム兵は、まだ警戒している。向こうに控えるエルフたちの苛立ちがひしひしと伝わってくる為だ。
 それはソロウ、ミハル、ギムナックも同じで、レオハルトはいつでも結界を張れるように密かに準備している。

 リンは、ついに地面に転がり腹を見せてリュークに撫でられている。
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