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テヌート伯爵領(60〜)
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先頭のギムナックと、たまたま夜営準備の指示のために馬車から馬へ乗り換えていたレオハルトが「警戒」の合図を出した。
気配はまだずっと遠くにある。
「……これは、エルフですね」
「しかし、どうしてこんなところに……? しかも結構な人数の気配だ」
ギムナックは背中の弓に手を伸ばすべきか迷う。
善良なエルフの一団であれば通りすがりに挨拶するだけで良い。寧ろ、もしそうであったなら幻想的な美しさのエルフたちに出会えたことを幸運とすら思うだろう。
が、残念ながらその確率は極めて低い。
エルフは「神の愛し子」と云われるほど優れた容姿と魔力と魔覚と寿命を持っており、外見とステータスは人間とは比較にならない神秘の種族とされているが、その中身ときたら大抵が捻くれており、自分たち以外の生物を下等とみなすきらいがある。
酷いことだ。ただすれ違うだけでゴミを見るような目で睨め付けられ、あたかも自分が汚くて役立たずで愚図で鈍間な無価値の存在であると思わされるのである。
また、彼らは自然を愛し動物を守るのに、人間と亜人に対しては平然と弓を引いたりする。そのせいで昔から何度も戦となり、エルフの数は今や犬猿の仲とされるドワーフから絶滅を心配されるほど。
それでも湿地帯に生息する暴れん坊大蛇の魔物サーペント並みに好戦的なエルフが減らないのは、優れた容姿と能力と引き換えに神が科した縛りではなかろうか。
「閣下、前方にエルフの集団です。念のため矢にご注意を」
最後尾から馬車の横へ移動したソロウがドアをノックして声を掛けると、グランツが「今日はついてないな」と珍しくぼやきながら馬車を降りて来た。どちらかといえば弛緩した空気を纏いつつも、左手が腰の鞘に添えられている。
リュークはリンの背から滑り落ちるように降り、側に居たミハルの隣にリンを連れて立った。ミハルは、てっきりリュークが不安を感じたのかと思い手を繋いで微笑を浮かべる。
「心配ないわ。彼らの魔力からは攻撃的な気を感じないもの」
と言ったのは出任せだった。ミハルの魔力感知はそこまで優れてはいない。魔力の大小や魔法の起こりに気付くことは出来ても、ヴレド伯爵のように魔力の性質や魔力にあらわれる感情を読み取ることは難しいのだ。
だが、このときは偶然ミハルの言った通りだった。エルフたちはかなり急いでいた。
エルフたちは、山越えの得意な小型の馬に乗ってやって来た。弓は背負ったままで手には構えていない。どころか、グランツ一行のことは眼中にないようだった。
通常、貴族とすれ違う平民は足を止めて道を譲らなければならない。しかし、急ぎ足の馬で向かってくる彼らが道を譲るとは思えない。
他の貴族であれば、ここでエルフを牽制しただろう。しかし、アルベルム辺境伯には貴族らしいこだわりなど無い。「通してやりなさい」という主君の声を聞いて、全員が街道の端に寄ってエルフの一団が通り過ぎるのを待った。
十……二十……五十か六十ものエルフが明かりも灯さずひとかたまりになって駆け抜けようとしていた。凄まじい迫力である。精鋭の騎兵がさらに死人が出るような練兵を積み重ねても、一握りしかこの域には達しないだろう。それくらい洗練された動きだった。
闇も曇らす土埃を蹴立ててグランツたちのすぐ横を走る蹄の音の勢いに驚きの声を上げるリューク。
ミハルはリュークとリンを出来るだけ安全なところに押しやろうとするが、目に見えるようなリュークたちの好奇心に後ろめたさを禁じ得ない。
二人が飛び出さないように、ハラハラしながら両腕で彼らを押し留めているミハル。
さあ、あともう半分──と、懸命に耐えていたとき、勢い任せに走ってきていた馬たちの速度が落ちたのが分かった。
グランツ一行の中で、にわかに緊張が高まる。
アルベルム兵がリュークたちを守るべく取り囲む。
一人のエルフが馬を降りて近付いてきた。
グランツに並ぶ長身の男だ。尖った耳。印象的な切れ長の目。腰まである白金の髪。端正な眉も長い睫毛も同じ色をしている。
白い布一枚を巻き付けただけのような飾りけのない服。腰のベルトと首元にはエルフの戦士の証である革製の紐飾りがぶら下がっていて、実用できるのが不思議なほど手彫りの装飾が施された弓を背負っているところが殊更にエルフらしい。彼が履いているブーツは、乗馬向きのしっかりとしたもので、エルフの里の特産品として高額で取引されている。
エルフとはやはり、松明の灯りだけで輝くような美しさである。
そのエルフは無言で、ゆっくりと、不躾に、グランツ一行の端から一人ひとりに品定めするような、見下すような視線を向けていき、ついに兵士らの後ろに隠されたリュークの番になってようやく口を開いた。
「人間風情が、随分と奇妙なものを連れている」
気配はまだずっと遠くにある。
「……これは、エルフですね」
「しかし、どうしてこんなところに……? しかも結構な人数の気配だ」
ギムナックは背中の弓に手を伸ばすべきか迷う。
善良なエルフの一団であれば通りすがりに挨拶するだけで良い。寧ろ、もしそうであったなら幻想的な美しさのエルフたちに出会えたことを幸運とすら思うだろう。
が、残念ながらその確率は極めて低い。
エルフは「神の愛し子」と云われるほど優れた容姿と魔力と魔覚と寿命を持っており、外見とステータスは人間とは比較にならない神秘の種族とされているが、その中身ときたら大抵が捻くれており、自分たち以外の生物を下等とみなすきらいがある。
酷いことだ。ただすれ違うだけでゴミを見るような目で睨め付けられ、あたかも自分が汚くて役立たずで愚図で鈍間な無価値の存在であると思わされるのである。
また、彼らは自然を愛し動物を守るのに、人間と亜人に対しては平然と弓を引いたりする。そのせいで昔から何度も戦となり、エルフの数は今や犬猿の仲とされるドワーフから絶滅を心配されるほど。
それでも湿地帯に生息する暴れん坊大蛇の魔物サーペント並みに好戦的なエルフが減らないのは、優れた容姿と能力と引き換えに神が科した縛りではなかろうか。
「閣下、前方にエルフの集団です。念のため矢にご注意を」
最後尾から馬車の横へ移動したソロウがドアをノックして声を掛けると、グランツが「今日はついてないな」と珍しくぼやきながら馬車を降りて来た。どちらかといえば弛緩した空気を纏いつつも、左手が腰の鞘に添えられている。
リュークはリンの背から滑り落ちるように降り、側に居たミハルの隣にリンを連れて立った。ミハルは、てっきりリュークが不安を感じたのかと思い手を繋いで微笑を浮かべる。
「心配ないわ。彼らの魔力からは攻撃的な気を感じないもの」
と言ったのは出任せだった。ミハルの魔力感知はそこまで優れてはいない。魔力の大小や魔法の起こりに気付くことは出来ても、ヴレド伯爵のように魔力の性質や魔力にあらわれる感情を読み取ることは難しいのだ。
だが、このときは偶然ミハルの言った通りだった。エルフたちはかなり急いでいた。
エルフたちは、山越えの得意な小型の馬に乗ってやって来た。弓は背負ったままで手には構えていない。どころか、グランツ一行のことは眼中にないようだった。
通常、貴族とすれ違う平民は足を止めて道を譲らなければならない。しかし、急ぎ足の馬で向かってくる彼らが道を譲るとは思えない。
他の貴族であれば、ここでエルフを牽制しただろう。しかし、アルベルム辺境伯には貴族らしいこだわりなど無い。「通してやりなさい」という主君の声を聞いて、全員が街道の端に寄ってエルフの一団が通り過ぎるのを待った。
十……二十……五十か六十ものエルフが明かりも灯さずひとかたまりになって駆け抜けようとしていた。凄まじい迫力である。精鋭の騎兵がさらに死人が出るような練兵を積み重ねても、一握りしかこの域には達しないだろう。それくらい洗練された動きだった。
闇も曇らす土埃を蹴立ててグランツたちのすぐ横を走る蹄の音の勢いに驚きの声を上げるリューク。
ミハルはリュークとリンを出来るだけ安全なところに押しやろうとするが、目に見えるようなリュークたちの好奇心に後ろめたさを禁じ得ない。
二人が飛び出さないように、ハラハラしながら両腕で彼らを押し留めているミハル。
さあ、あともう半分──と、懸命に耐えていたとき、勢い任せに走ってきていた馬たちの速度が落ちたのが分かった。
グランツ一行の中で、にわかに緊張が高まる。
アルベルム兵がリュークたちを守るべく取り囲む。
一人のエルフが馬を降りて近付いてきた。
グランツに並ぶ長身の男だ。尖った耳。印象的な切れ長の目。腰まである白金の髪。端正な眉も長い睫毛も同じ色をしている。
白い布一枚を巻き付けただけのような飾りけのない服。腰のベルトと首元にはエルフの戦士の証である革製の紐飾りがぶら下がっていて、実用できるのが不思議なほど手彫りの装飾が施された弓を背負っているところが殊更にエルフらしい。彼が履いているブーツは、乗馬向きのしっかりとしたもので、エルフの里の特産品として高額で取引されている。
エルフとはやはり、松明の灯りだけで輝くような美しさである。
そのエルフは無言で、ゆっくりと、不躾に、グランツ一行の端から一人ひとりに品定めするような、見下すような視線を向けていき、ついに兵士らの後ろに隠されたリュークの番になってようやく口を開いた。
「人間風情が、随分と奇妙なものを連れている」
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