62 / 199
テヌート伯爵領(60〜)
61
しおりを挟むグランツは、ソロウたちと相談してリュークとリンに一つ約束をさせることにした。
「吹雪や砂嵐や暴風雨の中に走って行かないこと」
リュークとリンは大人たちが何を求めているのかを理解しなかったが、とりあえず頷いておいた。
「雪が止みました」
関所の一室で暫く休みつつ今後のことを相談し合っていると、テヌート兵の一人が通路から顔を覗かせて言った。
早いな、と半信半疑のギムナックとグランツが扉を開けてみれば、確かに外は僅かに雪が残っている程度で、空は夏の模様に変わっている。
見晴らしは実に良い。綺麗な街道の両側で、命を噴き上げたような瑞々しい緑がたっぷりと生い茂っている。葉の上でぽつりぽつり乗っかっている雪も、見る間に溶けて輝く露となり、だいぶ低くなった太陽の強い日差しを散らしている。
少し向こうには山があり、山を越えるとさらに広大な草原がどこまでも続いているはずだ。荒野に愛されしヴレド伯爵領とは真逆の景色、多種多様の動植物が織り成す生命の躍動に満ちた肥沃な大地がそこにある。
今の暴力的な悪天候が嘘のような風景の変貌ぶりに、「なんだったんだ、一体……?」と、いかにも迷惑そうな表情を隠さないグランツ。テヌート兵らも「こんなことは初めてです」と、防寒具の手配を試みていたところを早くも諦めた様子で肩を竦める。
「すみません、厚手のコートでも御用意できれば良かったのですが、何せ温暖な気候の土地でして、この時期はマフラーの一本も手に入りそうにないのです」
「お気遣いただき感謝します」と目礼を添えるレオハルト。「しかし、御心配には及びません。私と彼女は魔法が使えますから、ある程度は耐えられるでしょう。それよりも、貴方がたも防寒の用意を。今なら関所のヴレド兵ともまともに会話が成り立つはずです」
「ヴレド兵とですか? ははは、まさか。伯爵の言い付けか知りませんが、挨拶しただけで『人質を差し出せ』と訳の分からない要求をし始める奴らですよ」
「嘘ではありません。今は伯爵が留守も同然なのです」
ものは試しですよ、とレオハルトが微笑すると、テヌート兵は若干驚いたような表情を見せ、「試してみることにします」と言った。
不運なことに出だしから躓いたグランツたち。しかし、いざテヌート領を進み始めてからは夜更けまで休みなしで順調な旅を続けている。
気温は生暖かいのに、吹く風は真冬のように冷たい。
テヌートの街道は長距離にわたって整備されていることが多く、行進はとても楽だ。惜しむらくは、今夜は空全体に厚い雲がかかっていて松明とミハルの魔法の灯りがなければ少し先も見えないほど真っ暗なことである。
というのも、明るいときであれば、街道の周りに広がる草原の遥か向こうに巨大な白い岩山群をいくつも抱く雄大な山脈が見えるはずなのだ。
特に山脈のなかで一際高い山は、南北に長いテヌート伯爵領と山脈を挟んで隣接する北の侯爵領地──〈スウェズ侯爵領〉に住まうエルフたちが古くから崇める神聖な山であり、天を衝く高さと空の青さを弾くような白の鮮烈な、神の芸術とも謳われる霊峰である。緑の大海原と呼ばれる大草原を手前にして見れば、神が描いた巨大な絵画と言われても信じることだろう。
テヌート伯爵領へ来てこの絶景を見ないというのは、テルミリアを訪れておいて菓子もエールも一切口にしないというようなものだ。
「物足りないが、山は逃げないからな。帰路に楽しむとしよう」
前向きなグランツの元気な声が一行を励ましている。
時折、かなり向こうの方からウォーウルフの遠吠えが聞こえてくる。山々にこだまして届くので、群の規模も分かりにくい。
ソロウ、ミハル、ギムナックは反射的にピクシアの森でのことを思い出して吐き気を催すほどだったが、リューク曰くワイバーンはこんなところには居ないらしく、それを聞いてからは幾らか安心している。
一行が霊峰の方角から現れたエルフたちの一団と出会したのは、そろそろ夜営の準備に取り掛かろうと街道を逸れかけたときのことだった。
13
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
魔法筆職人の俺が居なくなったら、お前ら魔法使えないけど良いんだよな?!
川井田ナツナ
ファンタジー
俺は慈悲深い人間だ。
だから、魔法の『ま』の字も理解していない住民たちに俺の作った魔法筆を使わせてあげていた。
だが、国の総意は『国家転覆罪で国外追放』だとよ。
馬鹿だとは思っていたが、俺の想像を絶する馬鹿だったとはな……。
俺が居なくなったら、お前ら魔法使えなくて生活困るだろうけど良いってことだよな??
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)
みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。
在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
俺、何しに異世界に来たんだっけ?
右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」
主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。
気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。
「あなたに、お願いがあります。どうか…」
そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。
「やべ…失敗した。」
女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる