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テヌート伯爵領(60〜)
60 凍土、テヌート伯爵領
しおりを挟むヴレド伯爵領の関所のすぐ目と鼻の先にあるテヌート伯爵領の関。他の関所と変わらず頑丈な石造りの円塔であるが、アルベルム辺境伯の通行ともなれば検問というより歓迎にも近い丁重な扱いで、ものの三分で通行許可証が発行された。
それから関所を出ようと外へ踏み込んだ一歩目、グランツはぴたりと足を止めた。
何故止まるのかと後続が疑問に思う前に突風が起き、関所の中にまで雪が吹き付ける。
なんだこの大雪は──。誰もが驚くとほぼ同時に、大人たちがあっと言うまもなく、リュークとリンが関所を飛び出し猛吹雪の中に突っ込んで行った。
「リューク! 戻れ、リューク!」
急いで外へ出たソロウが大声で叫ぶが、視界は既に真っ白で見通しがきかない。
異常も異常である。
テヌート伯爵領といえば、北部以外は冬でも殆ど雪の降らない気候の穏やかな土地で、貴族の別荘地としても有名なのだ。
それが、この異常気象。
間違いなくアイスドラゴンの影響で、しかも巣が作られたとされる場所からここまでは三日の距離がある。どうやらかなり大型の強力な個体が居着いてしまったらしいとの嫌な想像は、もはや外れるべくもないだろう。
大人たちは大慌てでリュークとリンを呼んだが、人の声などすぐにかき消されてしまう。全員が互いに見える位置を取ろうとしても、五歩も間隔が空けば姿が霞むほどの吹雪、関所から離れることもできない。
「大丈夫だ、まだすぐ近くに居る。リューク! リン! 聞こえるか!」ギムナックが気配を察知しようと耳の後ろに手を当てる。
しかしながら、優秀なハンターであるギムナックをもってしても吹雪の中での探索は困難を極める。
「リューク、リューク……!」
ミハルが悲鳴のように呼んだとき、すぐ隣から「なに?」とリュークの声がしたので、ミハルは化け物にでも襲われたかのような色気のない悲鳴を上げながら、豪快に尻もちをついた。
すぐさまアルベルム兵たちが集合しリュークとリンをしっかりと抱き上げ、あるいはミハルを米俵のように担ぎ上げ、ぞろぞろと関所の中へ戻っていく。
本来六人がかりで動かすはずの重い扉をグランツが一人軽々と閉めた後、皆が心底焦ったという顔で子ども二人を見下ろした。
リンは興奮して鼻を鳴らしながら尻尾を振っている。
リュークは今にも、どうしたの、と言いそうな顔をしている。
全身に浴びた雪が溶けて、床の至るところに水溜まりが出来ている。
「大丈夫か? 怪我してないか?」
ソロウがしゃがみ込み、リュークの肩に手を乗せて言った。その顔は、まだ青ざめている。リュークはソロウの無精髭に手を伸ばし、ザリザリと触りながら「うん」と頷いた。
大人たちはほっと溜息を漏らし、どんなときも美しい姿勢を保つ男レオハルトを残して一様に座り込む。狭い関所の一室は殆ど満員で、そのお陰でまだ暖かい。
「まったく、焦ったぜ。リンも怪我してないな?」
リンは返事の代わりにぶるぶると身体を振って水を散らした。
ソロウは苦笑し、ふと思い至る。
リュークには、テルミリアの教会で地下の墓地を見抜いた能力があるのだ。そうだよな、と顔を上げると、そこに立っているレオハルトが首肯した。
「リュークには、吹雪の中からでも私たちの姿が見えるのでしょう。しかし、それでも急に離れていってはいけません。特に今みたいな吹雪や砂嵐の中では」
言うと、リュークはぽかんと口を開けた。
リュークには、なぜ雪の中で離れてはいけないのかが分からなかった。リュークの能力では、吹雪に見舞われようが砂嵐に巻き込まれようが、ソロウたちのことは常に視えている。つまり、大人たちが抱く危機感などリューク少年には露いささかも思い付かないのである。
──というのは、ソロウとレオハルトがまさに思い至ったことである。
レオハルトは、リュークが地下の墓地に気付けた理由として〈透視〉のような特別なスキルを持っているからだと推測している。そして、今ではソロウも同じ意見だった。
それらは残念ながら全くの誤解ではあるものの、障害物を無視して対象の姿形を捕捉できるという点では、透視スキルも優れた魔力感知も同じようなものであると言えなくもない。
何にせよ、これほど便利なスキルがあるなら吹雪の中でも味方を見失うことはないだろう、と能力を過信する気持ちも分からなくはないとレオハルトたちは考えた。幼いリュークが、本当の吹雪の恐ろしさを知らずとも無理はないのだ、と。
ところがどっこい、リュークが持っているのは透視並みの優れた魔力感知能力だけでないのだ。
さて一つ。
アルベルムの教会で授かったステータスにもある通り、〈広域探知〉なるスキルも持ち合わせている。これは、書いて字のごとく広い範囲のあらゆるものを探し出すことが出来る能力である。──但し、好奇心旺盛なリュークがこのスキルを使用すると、探知出来る全てのものへの目移りが激しく、いつまで経っても目的を遂げられないためあまり使用しない。
更に一つ。
〈散歩マスター〉なるスキルは、どれほど遠くの知らない場所に行ったとしても歩き続ければ帰りたい場所に帰ってこれる上、どんなに険しい道のりであっても疲労が日頃の「散歩」程度の軽いものに修正されるという、神々が授けし力の中でも際立って度し難いスキルである。
ついでに〈俯瞰〉のスキルもある。これを広域探知や魔力感知と同時に使えば、まるで人や魔物や地形が立体的に見える地図を広げるかのように、全てを簡単に、正確に把握出来てしまう。
──と、他にも魔法やリンの嗅覚など、リュークが微塵も危機というものを感じない原因ならいくらでもある。
その上、リュークが住んでいた西の荒野は天変地異の詰め合わせのような環境ではなかったか。
とどのつまり、豪雪も噴火も落雷も地震も水害もリュークにとっては日常的な現象の一つに過ぎず、今程度の吹雪などは少し強めの風と大差ない感覚なのだった。
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