西からきた少年について

ねころびた

文字の大きさ
66 / 199
テヌート伯爵領(60〜)

65

しおりを挟む

 リンが馬用のくらを丁度良く装着できる大きさになると、鞍に跨ったリュークは手綱を握り、嬉しさで頬を紅潮させた。

 リンは寒さに強いらしく、たまにある水溜りの薄氷を暑い肉球で割るのが好きだった。
 リュークはミハルにしっかりと厚着させてもらい、その上にいつも通り黒の外套を被っている。

 先頭はやはりギムナック、そしてグランツ、レオハルトで、やや後方にミハルを置き、中ほどのリュークの側にはソロウが付いた。

 一行は風のように駆け、日が沈む頃〈スパータ村〉に到着した。


 スパータ村は、三十年前こそ数軒の家を木の柵で囲んだだけのような小さな村であったが、今やアルベルム辺境伯領のアルベラ村同様、立派な街と言うべき大きな規模と成っている。

 往来する旅人や、城下で観光を楽しみ疲れた貴族達がゆっくりと休める場所を提供する保養地で、服やアクセサリーの販売店よりも、宿屋や食事処、風呂屋などのくつろげる店が充実している。
 また、腕の良い料理人が集まっているため、食事処はどこへ行っても質の良い料理を味わえることでも有名である。

 いつもなら穏やかな住民と観光客で賑わう光景が見られたはずだが、村にはすでに相当量の積雪があり、元気な住人は雪掻きに奔走し、観光客はいち早くテヌート伯爵領を脱出したか宿屋に引きこもっているようだった。

 どこを見回しても北国の冬景色そのもののように見えるが、街路樹は明らかに暖地に適したもので、雪を纏っている姿には違和感がある。

 街中を通る用水路は氷だらけで、桶に水を汲みに来る人々の手は赤くかじかんでいる。手袋がわりに布を手に巻き付けている者もある。
 いっそ潔く頭から布団を被ったまま歩いている姿も一つ二つではない。しかしその布団も夏用のものが多く、防寒の足しになっているのかは甚だ疑問だが──。

 山のように薪を積んだ荷馬車が通るたび、どこからともなく人が集まってきて、奪い合うように薪を買っていく。
 ところで、スパータ村で暖炉を構えている住宅は少ない。暖炉を持たない家は、苦肉の策で台所のかまどの火を絶やさぬようにしているのである。
 頭痛を訴えて外へ出てくる住民や、「寒いからといって台所の煙突を塞いだり、窓を閉め切らぬように」と厳しく注意喚起して回る疲れ切った顔のテヌート兵の姿もあって、村全体は異様な雰囲気に包まれていた。

 村の外れには底が透けて見えるほど水の澄んだ湖があって、ここも憩いの場の一つとなっているが、今日はアイスドラゴンの影響ですっかり凍り付いてしまっているらしく、その代わり商魂たくましい誰かがあちこちの雪道に「楽しい雪・氷上用ブーツ販売中」と書かれた真新しい看板を立てている。中には、それを見て腹を立てた住民に折られて雪の下に消えた看板も──。


 そんなスパータ村へ一行がほとんど雪を掻き分けながら入ったとき、雪に足を取られて埋もれていた年配の男を助けた。幸運なことに彼は宿屋の亭主で、グランツたちは迷わず今日の宿を決めることができた。

 なお、馬は村の手前で全てリュークの革袋に入れた。村の宿にはうまやがあるが、風通しの良い厩などに預ければこの寒さで凍死してしまうからだ。
 リンは大型犬ほどの大きさになって、雪の上を飛び跳ねながら遊んでいる。宿屋の亭主はリンを見て怯えたが、彼を雪の中から掘り出したのがリンであったため、「命の恩ですから」と快く宿に迎え入れた。


「いやあ、アルベルム辺境伯様に助けて頂くとは、子孫に語り継ぐ自慢話が出来ました」

 真面目に生きていれば良いこともあるものですな、と宿屋の亭主はも相まった真っ赤な顔に満面の笑みを浮かべて言った。綿毛のように柔らかく儚い髪とぽっこり出た腹が彼の人柄の良さを一層印象付けた。

 宿の食堂はテルミリアのエルザの食堂より狭く、五卓あるテーブルのうち四卓が一行で埋まった。店内は余計な飾り付けを避けた風で、ただテーブルなどはこだわりの感じられる柾目まさめの美しい木材で高級感がある。
 次々に運ばれる料理は、さすがスパータ村の自慢だけあってどれも絶品であった。他に客はおらず、聞けばアイスドラゴンが確認された時点で全ての客を馬車に乗せて領地外へ避難させたので、食材にはまだ余裕があるという。

 リンはちゃんと足を拭いてもらい、リュークの隣で大人しく椅子に座っているので、宿屋の息子らしい料理人や、娘らしい二人の店員からとても褒められて喜んだ。




 翌朝、一行がスパータ村を発つときには雪が一階の戸を塞ぐほどになっていて、村は混乱状態に陥っていた。こうなってからやっと命の危機を認めた者も多く、村を出るか留まるかの二択を迫られる朝となったのだ。

「今から村を出るのは逆に危険です。皆が自分の家に留まるのではなく、使用する家屋を程よく限定し、全員で分担し昼夜雪掻きをすること。屋内は常に空気の入れ替えを行い、薪は節約すること。食べ物は外に出しておけば凍るので腐りません。皆で協力し、数日耐えなさい」

 レオハルトが助言した後、グランツ一行は村の全ての家の周りから雪を取り除き、そのあまりの早さと力強さに感動しきりの村人からせめてもと差し出された薄手の防寒具すらも全て断り、宿屋の亭主らに礼をのべて軽々と村を出たのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。 そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。 王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。 しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。 突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。 スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。 王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。 そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。 Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。 スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが―― なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。 スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。 スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。 この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

処理中です...