西からきた少年について

ねころびた

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テヌート伯爵領(60〜)

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 リンが馬用のくらを丁度良く装着できる大きさになると、鞍に跨ったリュークは手綱を握り、嬉しさで頬を紅潮させた。

 リンは寒さに強いらしく、たまにある水溜りの薄氷を暑い肉球で割るのが好きだった。
 リュークはミハルにしっかりと厚着させてもらい、その上にいつも通り黒の外套を被っている。

 先頭はやはりギムナック、そしてグランツ、レオハルトで、やや後方にミハルを置き、中ほどのリュークの側にはソロウが付いた。

 一行は風のように駆け、日が沈む頃〈スパータ村〉に到着した。


 スパータ村は、三十年前こそ数軒の家を木の柵で囲んだだけのような小さな村であったが、今やアルベルム辺境伯領のアルベラ村同様、立派な街と言うべき大きな規模と成っている。

 往来する旅人や、城下で観光を楽しみ疲れた貴族達がゆっくりと休める場所を提供する保養地で、服やアクセサリーの販売店よりも、宿屋や食事処、風呂屋などのくつろげる店が充実している。
 また、腕の良い料理人が集まっているため、食事処はどこへ行っても質の良い料理を味わえることでも有名である。

 いつもなら穏やかな住民と観光客で賑わう光景が見られたはずだが、村にはすでに相当量の積雪があり、元気な住人は雪掻きに奔走し、観光客はいち早くテヌート伯爵領を脱出したか宿屋に引きこもっているようだった。

 どこを見回しても北国の冬景色そのもののように見えるが、街路樹は明らかに暖地に適したもので、雪を纏っている姿には違和感がある。

 街中を通る用水路は氷だらけで、桶に水を汲みに来る人々の手は赤くかじかんでいる。手袋がわりに布を手に巻き付けている者もある。
 いっそ潔く頭から布団を被ったまま歩いている姿も一つ二つではない。しかしその布団も夏用のものが多く、防寒の足しになっているのかは甚だ疑問だが──。

 山のように薪を積んだ荷馬車が通るたび、どこからともなく人が集まってきて、奪い合うように薪を買っていく。
 ところで、スパータ村で暖炉を構えている住宅は少ない。暖炉を持たない家は、苦肉の策で台所のかまどの火を絶やさぬようにしているのである。
 頭痛を訴えて外へ出てくる住民や、「寒いからといって台所の煙突を塞いだり、窓を閉め切らぬように」と厳しく注意喚起して回る疲れ切った顔のテヌート兵の姿もあって、村全体は異様な雰囲気に包まれていた。

 村の外れには底が透けて見えるほど水の澄んだ湖があって、ここも憩いの場の一つとなっているが、今日はアイスドラゴンの影響ですっかり凍り付いてしまっているらしく、その代わり商魂たくましい誰かがあちこちの雪道に「楽しい雪・氷上用ブーツ販売中」と書かれた真新しい看板を立てている。中には、それを見て腹を立てた住民に折られて雪の下に消えた看板も──。


 そんなスパータ村へ一行がほとんど雪を掻き分けながら入ったとき、雪に足を取られて埋もれていた年配の男を助けた。幸運なことに彼は宿屋の亭主で、グランツたちは迷わず今日の宿を決めることができた。

 なお、馬は村の手前で全てリュークの革袋に入れた。村の宿にはうまやがあるが、風通しの良い厩などに預ければこの寒さで凍死してしまうからだ。
 リンは大型犬ほどの大きさになって、雪の上を飛び跳ねながら遊んでいる。宿屋の亭主はリンを見て怯えたが、彼を雪の中から掘り出したのがリンであったため、「命の恩ですから」と快く宿に迎え入れた。


「いやあ、アルベルム辺境伯様に助けて頂くとは、子孫に語り継ぐ自慢話が出来ました」

 真面目に生きていれば良いこともあるものですな、と宿屋の亭主はも相まった真っ赤な顔に満面の笑みを浮かべて言った。綿毛のように柔らかく儚い髪とぽっこり出た腹が彼の人柄の良さを一層印象付けた。

 宿の食堂はテルミリアのエルザの食堂より狭く、五卓あるテーブルのうち四卓が一行で埋まった。店内は余計な飾り付けを避けた風で、ただテーブルなどはこだわりの感じられる柾目まさめの美しい木材で高級感がある。
 次々に運ばれる料理は、さすがスパータ村の自慢だけあってどれも絶品であった。他に客はおらず、聞けばアイスドラゴンが確認された時点で全ての客を馬車に乗せて領地外へ避難させたので、食材にはまだ余裕があるという。

 リンはちゃんと足を拭いてもらい、リュークの隣で大人しく椅子に座っているので、宿屋の息子らしい料理人や、娘らしい二人の店員からとても褒められて喜んだ。




 翌朝、一行がスパータ村を発つときには雪が一階の戸を塞ぐほどになっていて、村は混乱状態に陥っていた。こうなってからやっと命の危機を認めた者も多く、村を出るか留まるかの二択を迫られる朝となったのだ。

「今から村を出るのは逆に危険です。皆が自分の家に留まるのではなく、使用する家屋を程よく限定し、全員で分担し昼夜雪掻きをすること。屋内は常に空気の入れ替えを行い、薪は節約すること。食べ物は外に出しておけば凍るので腐りません。皆で協力し、数日耐えなさい」

 レオハルトが助言した後、グランツ一行は村の全ての家の周りから雪を取り除き、そのあまりの早さと力強さに感動しきりの村人からせめてもと差し出された薄手の防寒具すらも全て断り、宿屋の亭主らに礼をのべて軽々と村を出たのだった。
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