西からきた少年について

ねころびた

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テヌート伯爵領(60〜)

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 スパータ村以東、馬は使えそうになかった。リュークの身長よりずっと高く雪が積もっているのである。一行は縦二列に並び、先頭は火の魔法を使えるミハルとレオハルトが交代で務め、雪を溶かして進むことにした。

 猛吹雪という訳ではないが、行進を押し返すような圧力の向かい風が吹雪いている。最後尾は雪が崩れても動けそうなグランツとギムナック、中ほどに居るソロウは兵士たちと話しながら歩いている。
 リュークとリンは先頭のすぐ後ろに居る。二人は、ミハルたちの火の魔法でサラサラの積雪が面白いように溶けて道を作っていくのを食い入るように見つめている。

 冒険者たちは服をありったけを着込んでいる。薄手でも重ねに重ねて、無いよりはずっと良い。そして街を出歩くときに羽織る程度の春秋用のコートに無理矢理袖を通し、ほとんど力技でもって前のボタンを留めている状態。リュークなどは進むたびにミハルが「もう一枚、あともう一枚」と着せていくので、気が付けば歩く黒い卵さながらに丸みを帯びている。

 一方で、アルベルム兵士の忍耐は驚嘆に値する。金属の鎧は触れれば張り付くほど冷えており、その鎧の下も大した厚着ではない。いくらミハルとレオハルトが先頭で火の魔法を使ったからといって、こうも風が強いと温かい空気に触れることは殆どないのだ。なのに、誰の足も鈍らないし、それどころか談笑する余裕すらある。ソロウたち冒険者はつくづく感心するばかりである。
 
 はたまた、グランツとレオハルトに至っては、アルベルムを発ったときとなんら変わり無いような装いである。どこからどう見ても、貴族が道を間違えて雪の中を歩いているにしか見えない。これでは、もはや彼らが忍耐強いのか、頭がおかしいのか、体がおかしいのか、いっそ自分がおかしいのかも分からなくなってくる。ソロウたちは、彼らを見るほどに恐ろしくさえ思った。
 


 スパータ村を出て暫く行ってみても、魔物や動物の姿はなかった。植物も埋もれてしまっており、辛うじて立ち続けている木々の葉は、音を立てるのも億劫そうにしなびている。
 
 進むたびに積雪深が増していく。これはかなり顕著で、ミハルの魔力が尽きかけるころにはソロウやレオハルトの目の高さにまで達するほどだった。昼下がりを過ぎても、城下の町はまだ見えてこない。

「ごめんなさい、レオハルト」

 雪の張り付いた顔でミハルが謝ると、レオハルトは杖代わりにしている剣の切っ先を進行方向に向けたまま振り向いて「全員の能力を把握したうえで決めた人選です。不足はありませんので気にする必要もありません」と返した。高い口笛に、男前、素敵、とどこかから揶揄が飛んだ。この吹雪の中で、とんだ地獄耳が揃っているらしい。
 冷静な男レオハルトはさすが動じることなく剣を構え直す。

 このレオハルトの剣は特殊で、中に細い木の芯が入っているのだ。剣と杖を両方持つのはあまりに効率が悪いため試しに作ってみたところ、これがなかなかに高性能に出来たので、もう何年もこの剣を愛用している。


 リュークはリンの背中に乗るようミハルを促し、ミハルは渋々伏せて待つリンの鞍に跨った。
 ミハルが着ぶくれしているせいもあり馬よりも不安定だが、魔法で溶け切らなかった雪を踏みながら歩くよりはずっと楽だ。

「ありがとうリューク、リン。あなた達は大丈夫? 寒いでしょう?」

 ミハルがなけなしの元気を振り絞って言うと、リュークは「僕たち寒くないよ。今日はどこに行くの?」と、からりとして尋ねた。

「今日はテヌート城のある街へ行くのよ。でも、この分だとまだまだ時間がかかりそう。街へつくまでは休めないから、体調が悪くなったらすぐに言うのよ」

「街はどこにあるの? 走ったらすぐにつく?」

「街は、この先を真っ直ぐよ。走っていけたら……そうね、ずっと早く着けるわね」

「街についたら休めるね」

「ええ、ゆっくり休めるわ。だからもう少し頑張りましょうね」

「うん。じゃあ僕、前に行くよ」

 リュークは言い置くと、歩調を速めて、レオハルトの近くを歩き、さりげなく──着込み過ぎて短くなった腕を懸命に伸ばし──革袋から木の棒を取り出してレオハルトと同じように先端を前方へ向けた。
 レオハルトは、また可愛らしいことをしている、などと悠長に横目で見ていたが、ふと前に視線を向け直したときには愕然とした。


 前方、はるか先まで雪が消失している。ぽっかりと、まるで行く先へ導くがごとく、眼前に道ができているのである。しかも、あれだけ降っていた雪まで止んでいるではないか。

「こ、これは……」

 急に足を止めたレオハルトに、後ろは慌てて止まれの合図を出す。何事かと尋ねる兵士たちに答えようにも、レオハルトの開いた口は未だ塞がらない。

 果たして、レオハルトの受けた未曾有の衝撃を誰が理解してくれようか。

 リンの背に居るミハルはぐったりと俯いているし、その後ろの兵士の視界はリンが殆ど遮っている。となれば、以降の誰もこの奇妙な現象を目にしてはいないだろう。仮に気付けるとなると一番長身のギムナックだが、彼は前方より周囲へ注意を払っているので何も見ていない。

「リュークがやったのか……?」

 思わず言葉遣いも忘れて独り言のように聞いてみたが、リュークは革袋から馬を引っ張り出すことに夢中になっていたので、レオハルトもそれを手伝わざるを得なかった。

 後ろから「おお、レオハルトがついに本気を出したのか!」と盛大に誤解して喜ぶ辺境伯の声が聞こえる。全てを膂力りょりょくで解決しがちなグランツは、魔法や魔法使いや、そもそも常識的な範囲の何たるかを知らないのである。
 例えば、魔法使いが本気を出したくらいでこのようなことが出来得るのであれば、この世はとっくに地獄と化している。

(何が起こった? 魔法の気配は無かったはずだ。スキルか? そもそも本当にリュークが? しかし、こんなに大量の雪が消えるものか。まさか幻の可能性も……?)

 レオハルトの頭は疑問で埋め尽くされている。軍師を務める戦で窮地に立たされたときですら、これほど混乱した試しはなかった。

 
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