西からきた少年について

ねころびた

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テヌート伯爵領(60〜)

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 何はともあれ、リュークはリンに、ミハルや他は馬に乗って、一行は駆けに駆けた。馬も動いていなければ体温を奪われて弱ってしまう。今にも再び雪が降りだしそうな黒っぽい空の下をとにかく走って、一刻も経たないうちに目的地であるテヌート城を中央に構える大都市〈オローマ〉の関門へと到着した。

 雪雲のせいでずっと薄暗いものの、まだ夜というには早い時間だった。今のところ、松明たいまつは不要である。


 この関門、かつてオローマが〈テヌート城塞〉の外郭であったときの外壁の門で、常ならば兵士数名が物々しく槍を持って検問を行っているところだが、今は誰の姿もない。
 まあ、当然である。
 グランツ一行も、先程の不思議な現象──すなわち、積雪をごっそり刈り取ったような道の出現がなければ、門の高さに迫る積雪深の中で入口を見つけることすら困難であっただろう。最悪、進入のためにグランツが城壁を破壊しかねなかった。

 さらに驚愕すべきことに、この雪中の道は関門を塞いでいた筈の巨大な落とし格子と重厚な門扉すら切り取りして街の奥まで続いているように見える。

「これは流石に……」

 と、馬上のレオハルトが不気味なものを見たという顔で呟くと、すぐ後ろにいたミハルも魂の抜けたような表情で「ええ」と同意した。ただし、後ろからやって来たグランツは未だにこれを側近レオハルトの仕業と思っているらしく「お前は本当に優秀だな」と言い、豪快に笑ってレオハルトの肩を叩いた。

 後方に居るソロウとギムナックは、顔を引きつらせている。
 兵士らは馬を降りながら「何がなんだか」といった様子である。

 リュークはソロウに革袋を預けて馬を収納し、リンは殆どアンデッドさながらので呻くミハルを乗せて先頭を歩いた。


 門をくぐった先も雪ばかりで──否、よくよく見れば雪をさらに凍らせたような硬さがある。湿度の高い空気ごと凍ってしまったのか──、一行は両側を聳え立つ雪の壁に挟まれたまま奇妙な道を歩き続けた。

 街全体が、どっぷりと雪に浸かっているといった表現が相応しい。街を取り囲む外壁の内外は、一面が深い雪に沈んでいる。
 ギルド会館だろうか──ぽつぽつと背の高い建造物が雪から頭を出しているが、氷雪が分厚くこびりついて、賑やかだった頃の面影は見当たらない。
 今や街のどこにも人の気配はなく、雪が足音以外の全ての音を吸い取ったかのように静かだ。

「住民が避難出来ていれば良いが……酷い有り様だ」

 ギムナックが苦く呟くと、隣のソロウが頷いた。

「空気が乾燥する間もなく一瞬で凍り付いたって感じだな。あと、地面の感じからして、もしかしたら直前に雨が降っていたのかも知れねえ」と、足下のゴツゴツとした感触のある雪を蹴った。

「だが、西の関所じゃ『城下街や近辺まで氷漬け』って話だったが、もうちょっとはマシに見える。この分なら少なからずは城まで避難できているだろう。あとは、アイスドラゴンさえ倒してしまえばどうにでもなる」

「それなんだよなあ。しかしよ、ギムナック。アイスドラゴンってどうやって倒すもんなんだ?」

「それは、ほら……大勢で寄って集って」

「寄って集っても俺の剣やお前の弓じゃ傷も付けられねえだろ。かと言って、投擲機みたいな大型兵器は雪山へ運べねえだろうし」

「うむぅ……『ドラゴンソード』のようなものがあれば。『ドラゴンアロー』とか……ああ、火矢なら効きそうじゃないか?」

「猛吹雪の中じゃ射てねえよ」

 ソロウは呆れて首を振った。この寒さでギムナックのスキンヘッドは冷え切り脳が働いていないらしい。S級冒険者でも居るならまだしも、現実的に考えて人の力でどうにかなる相手ではないだろう。

(や。しかし、閣下ならアイスドラゴンの首をも落としかねないか? リンと一緒ならなおのこと可能性があるな)

 呆れ顔から一転、一人希望を見出して足取りを軽くしたソロウ。ギムナックはそんな彼を見て、この寒さでソロウの精神は異常をきたしているのではないかと不安になった。
 
 その不安をどこかへ追いやろうと狭い空を見上げる途中、ついにテヌート城を目前に見た。
 文字通りの一本道は、まるで初めからテヌート城の設計に組み込まれていたかのように、ひたすらに延びて城の堀まで続いていたのである。


 一行は進み続け、ついに城のすぐそばまで辿り着いた。

 城を取り囲む深い環状堀の向こうに、関門の落とし格子たちのように切り取られずに済んだらしい城の跳ね橋が上がっているのが見て取れる。兵士らやリュークは堀を前に佇みつつ、荘厳なるテヌート城の姿に感銘を受けている。

「跳ね橋か。さて、どう降ろさせるか」

 先頭で仁王立ちするグランツ。それらしく言ってみた直後、跳ね橋の方から勝手に降りてきた。

「行きましょう」と、レオハルトの一声で動き始める。ぎし、と橋が軋むたび、どこからか氷の塊が堀に落ちて、どさどさと音がする。
 レオハルトは、咳払いするグランツを先頭へ導きつつ、辺境伯の威厳を取り戻させるために服や髪の乱れたところを手早く直した。
 
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