西からきた少年について

ねころびた

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テヌート伯爵領(60〜)

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 橋が降りてちらりと見えた城壁の中は、よく除雪をおこなっているようだった。
 たった四日も経たぬうちに街が埋もれる程の大雪を取り除くのは、とんだ重労働に違いない。北方領地でも歴史上類を見ない降雪量である。よくもまあ、暖地の者たちが頑張ったものだとグランツたちは感服する。


 普通、跳ね橋を降ろすには門番が通行許可を出してから操作をしなければならないはずだが、その門番は何故か門塔から一度も顔を覗かせなかった。
 無断で立ち入ることに妙な罪悪感を覚えつつ、跳ね橋を渡ってから、上がりっぱなしの落とし格子の下を警戒しもって足早に通り抜け、そこから続く短い坂を行った先の長い石段を上ろうと足をかけたところで、上から「アルベルム卿!」と大声で呼ぶ声がした。

 見ると、分厚い紺色のコートに身を包んだ男が数人、転がるように慌てて階段を降りてくるところであった。

「アルベルム卿ー! アールベールム卿ー! 何故! なっ、何故!」

 先頭で叫ぶ小柄な男は、いかにも満足に言葉が出てこない様子で、頬も鼻先も真っ赤にしながら目には大粒の涙を浮かべ、グランツも思わず避けたくなるほどの勢いで走り寄ってくる。

「アルベルム卿っ!」

 仰け反るグランツの分厚い胸に顎がひっ付きそうなほど迫って号泣し始めたピッツァリアーノ・テヌート伯爵。まだ若い彼の肩にのし掛かる重圧に押し出されたような涙は、カッと見開かれた大きな目から次々と、処無どない。

 彼の濃い茶色の髪の毛は、貴族というより若い騎士に多く見られる短髪で、雪景色の中にあるのが不思議なほど日焼けした肌には二十代の張りがある。目も髪と同じく焦げ茶色で、その瞳にはどこか才気が感じられる。

 後ろで、彼の従者とテヌート兵らが控えている。

「だ、大丈夫だ。もう大丈夫だぞ、テヌート伯爵。我々は王都へ参る途中でアイスドラゴンのことを聞いてだな……」

「ま、まだ王都へ行かれていなかったのですか! 何故! いや、その格好!? って、ウォーウルフ!? 危な……大き過ぎではっ!?」

「その、少し落ち着いて──」

 と、度を失って騒ぎ立てるテヌート伯爵を落ち着かせようとするグランツだったが、その言葉を遮る突然の猛吹雪に見舞われ、全員は急いで階段を駆け上がり、第二の落とし格子を構える立派な門塔の中へと駆け込んだ。

 あわやリュークが飛ばされそうになりながら、なんとか大勢で引き寄せ、しっかりと塔の扉を閉じる。
 中はごく狭い螺旋階段になっていて、ミハルはリンに礼を言ってから皆と一緒に歩いて三階までのぼり、細い通路を通って、また階段を上ったり下りたり、通路を曲がったり曲がらなかったりして随分と歩いた。

 ここは謂わば城壁の一部にあたる。テヌート城は、その昔に城塞であったものを王の命令で解体し、城塞の機能を削減した城として改築されている。しかし、当時のテヌート伯爵が城壁周りの工事を中途半端にしてしまったため、今でも側塔や門塔、城壁内部の通路やその他防衛機能を有する設備などは残されたままになっているのだ。
 なので、門塔から城内へ入るのには一苦労する。


「すみません、アルベルム卿。中庭が氷漬けになっていて通れないのです」

「アイスドラゴンとは、それほどか」

「より、もっとかも知れません。正直、あれほどの生物を私は見たことがありません」

「貴公がそう言うなら余程だ。住民は避難できたのか?」

「は、最初の大寒波の直後に大半は南北へ分けて逃がしました。たまたま魔法使いの冒険者が多く訪れていたので助かりました。しかし、その後二度三度と起こされた寒波までに何処まで行けたか……。
 老人や病人、他にも旅の難しい者が城へ避難しています。その数が約一万。我が城の兵士は二千ずつを南北の護衛とし、残り二万を城の防衛配置としています。
 幸い……と言いますか、恐ろしいまでの奇跡により、今のところ死者は出ていないか、いてもごく少数であろうと予想しています」

「それは凄い! 日頃より危機に備えていた貴公の功であるな」

「アルベルム卿……」

 テヌート伯爵の涙腺が再び決壊したので、後ろに控えていたレオハルトが純白のハンカチを差し出した。
 

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