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テヌート伯爵領(60〜)
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しおりを挟む迷路じみた長い通路──否、これは敵の侵入を阻むための迷路である──が終わり、赤い絨毯を敷き詰めた広い廊下へ出た。城壁の中から随分と登ってきたらしい。ここは、堅固な土や石を固めた高台の上に建つ城内の三階である。
全員が出たあとに何気なく振り返ったリュークは驚いた。実は、今通ったばかりの扉は隠し扉になっていて、それも閉じると他の壁と見分けがつかないほど精巧に出来ていたのだ。
「すごいね」
リュークが目を輝かせて言うと、全員が呆気にとられた。そして、ミハルがポロポロと涙をこぼし始める。
「あっ、違うのよ、これは……。私、感動しているの」
だって、リュークみたいな子どもを連れてこんな体験をするなんて──と言われ、全員がはっとする。
ヴレド伯爵領を抜けてテヌート伯爵領へ入るとき、応援を待つでもなく、二手に分かれるでもなく、幼い──少なくともテヌート勢からはそのように見えている──子ども諸共最も過酷な道を選択するとは、これは……。
と、刹那に複雑化した印象にグランツを見やるテヌート伯爵、兵士らと冒険者たち。
「な……なんだ? 違うぞ、違う、私は命にかえてもだな、命にかえても守るつもりで……!」
リュークの純真な瞳が不思議そうにグランツを見上げている。
「う──」
グランツは言葉に詰まると、重ね着でずんぐりむっくりしている少年の前に観念したようにしゃがみ、抱きしめて「無理をさせてすまなかった。よく頑張ったな」と労った。
例のごとくリュークはよく分かっていない様子だったが、なんとなく「よく頑張った」と返してみたところ、グランツと周りの何人かは涙ぐんで天井を見上げたのだった。
城内も相当に冷え切っていたものの、外よりはずっと暖かく感じられる。
一万人もの避難者は大広間や食堂、礼拝堂、大会議室などで寄り添って暖を取っているという。大勢が集まって密着すると思いのほか温かいので、その熱が少なからず城内全体に伝わっているのかも知れなかった。
混乱をさけるため、避難民にはアルベルム辺境伯の到着を知らせなかったが、テヌート兵らは擦れ違うごとに目に小さな希望の光が宿り始め、中にはその場で膝をついて泣き崩れる者も大勢居た。
グランツたちも涙をこらえながら歩いた。こうして見ると、避難者の手前、テヌート兵らがいかに虚勢を張って立ち続けていたのかが分かる。
城と住民を守る彼らは、どんなときも胸を張って、歩くときはきっちり歩幅をとって、立つ時は踵を揃えてしっかりと立ち、真っ直ぐに前を見据え、文句は紡がず弱音は吐かず、誰が見ても立派な兵士として、その姿勢をもって励まし続けていたのである。
それが、武勇において並ぶ者なしのアルベルム辺境伯の到着によって我慢の限界を迎えた感情が一気に溢れ出したようだった。
ふと、どこからともなく歓声が上がり始めた。歓声は瞬く間に広がり、気付けば城中の凍て付いた窓硝子が震える程の大歓声となっている。
一行が目を白黒させている横で、レオハルトは音がアイスドラゴンを刺激しないかと心配したが、リュークに「ドラゴンは寝てるよ」と教えられたので、まさか単純に信じたわけではなかったが漠然と大丈夫な気分になって礼を述べた。
ただ、リュークの方はたまにミハルを見上げては、もどかしげな顔をしている。どうした、とギムナックが声を掛けると、リュークはミハルの白いローブの袖を握って「ミハルは休まないといけないんだ」と、しょんぼり。
「そうだった! テヌート伯爵、すまないが客室をいくつかお借りしても?」
グランツが慌てて尋ねると、テヌート伯爵は威勢よく「無論であります!」と返事をした。
「こちらです! さあ、こちらへどうぞ!」
テヌート伯爵は自ら一行を客室へと案内し、すぐに召使いに薪と湯と食事と毛布を運ばせた。
グランツは、ミハルだけでなく十名のアルベルム兵とレオハルトへも休憩を指示した。
すると、どうしても会議に参加したい──というよりも、極めて筋肉質な思考回路を有するグランツには絶対に舵取りを任せたくない──レオハルトは、グランツに無理やり客室へ押し込まれながら、まるで無実の罪を着せられて投獄される憐れな囚人のように「待ってください、話を聞いてください、ここから出して」と懇願した。
が、果たしてそれは叶わず、グランツはソロウ、ギムナックと疲れ知らずの少年リューク、リュークから離れようとしない魔狼リンを引き連れて小会議室へと向かうのだった。
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