西からきた少年について

ねころびた

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テヌート伯爵領(60〜)

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 小会議室といっても、金と白と藍色の落ち着いた柄の美しい絨毯が敷かれた一室はそれなりの広さがある。中央に置かれている長方形のテーブルは軽く二十名は着ける大きさで、白色の太い柱が支える天井はとても高い。その天井から太い鎖でぶら下がる控えめな装飾のシャンデリアと、壁やテーブルの灯燭の明かりには、雪の冷たい記憶を溶かし癒やすような温かみがある。

 ところで、今更ながら説明をしておく。
 この国は絶対王政の下にあって、領主は王権に従属する関係にあるが、辺境伯に関してはこの限りではない。王は、辺境伯領の予算編成──とくに王国と直接的に関係する軍事に関わる予算に口出しをする程度で、あとは殆ど辺境伯の自由に領地を管理できる自治領の扱いとなっているのだ。
 ただし、あくまでも王と辺境伯には明確な身分の差がある。それでも辺境伯は公爵や侯爵を飛び越えて直接王家に意見できる立場にある。言い換えれば、王が辺境伯という極めて大きい権力のある爵位をポールマン家に与えたのは、彼らが絶対に王権に逆らわないと断じたからに他ならない。
 王の人を見る目は確かである。ポールマン家の脳筋当主どもは、いつだって汚れを知らぬ少年のように「正義」というものを信じ、ただ王の願う通り狂ったように魔物と戦い続けてくれる。また、王が呼べば必ず駆け付けるし、大義のないところでは余計な争いを起こさない。
 強すぎて手放しで安心し切れないのが玉に瑕だが、その他はおおむね辺境伯として申し分ないと言ってよい。


 では、テヌート伯爵領といえばどうだろう。たかだか小会議室というものにこれだけ気を使っているという点だけでも、王政からはみ出して独自に動ける辺境伯領と違い、テヌート伯爵領では会議を重ねなければならないような胃の痛む案件が多くあることが窺い知れる。王の支配下にある伯爵には伯爵としての苦労が沢山あるようである。



 部屋のところどころには焼石が設置してあって少し暖かい。
 テヌート伯爵が椅子に座る前に厚手のコートを脱いだのを見て、ソロウとギムナックは重ね着した服をいくつか脱ぎ、次にリュークの多層になっているシャツも根気強く剥ぎ取り、なんとか丸みを感じなくなるくらいまでは身なりを整えてやった。

 席順に関しては、グランツが全く拘りなく適当な椅子に腰掛けたので、グランツの隣にソロウ、リューク。グランツの向かいにテヌート伯爵と、その隣にギムナックが座った。


 テヌート伯爵は、まずミルク入りの熱い紅茶をたっぷりと振る舞った。波打つような曲線で形作られた白の陶器に金縁の映えるティーカップがいかにも貴族の食器らしく華やかである。その後、また豪勢な食器に〈トマトと豆と牛肉のスープ〉とパンも用意された。

 熱いスープから酸味をよく飛ばしたトマトと牛肉の出汁の良い香りが立ち上っている。

「食堂を用意できず申し訳ありません。それに、本来なら国中の料理人を集めて最高のコースを振る舞うところなのですが……」

「いや、最高に美味いぞ! 昨日食べたスパータ村の飯も美味かったが、これもしっかり煮込んだ肉が柔らかくて良い!」

 心底申し訳無さそうなテヌート伯爵に対し、グランツは快活に笑って、あっと言う間に平らげた。

 リュークは、パンの内側の柔らかいところだけを先に食べている。

 スープとパンを皿ごと──文字通り食器ごと食べたリンは、扉の両脇に立ったまま言葉を失っているテヌート兵らの前を横切って部屋の中の匂いを嗅ぎ回りながら、たまにリュークの元へ向かっていっては、パンの外側を貰って食べている。

 ソロウとギムナックは、始めこそ行儀よく食べようとしていたが、リュークとリンを見てすぐに気を使うのを止めたようだった。

「食べながらでも構わないだろう。会議を始めようじゃないか」

 グランツが言うと、テヌート伯爵が頷いた。
 テヌート側には伯爵の側近などもおらず、会議は伯爵とグランツ、ソロウ、ギムナック、リューク(と、リン)のみで行われることとなった──かと思われたが。

「実は、S級冒険者の〈ヴンダー・トイ〉が我が城に滞在しているのです」

「ぶ……っ! S級のヴンダーだって!?」

 ソロウとギムナックが揃ってスープを噴き出し喫驚した。

 

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