西からきた少年について

ねころびた

文字の大きさ
72 / 199
テヌート伯爵領(60〜)

71

しおりを挟む

「早く言ってくださいよ! あのヴンダーが加勢してくれるなら、戦力がまるで変わってくる」

 ソロウはナプキンで口元を拭いながら言った。

 ヴンダー・トイ。彼は王都ノルンの冒険者で、なんと十七歳で冒険者登録をしてから史上最速の三年目にしてS級へと昇格した天才魔法使いである。勿論、二十歳でのS級昇格は史上最年少であり、当時は新聞に講演にと引っ張りだこ。彼の名前と顔は瞬く間に国内全土へ知れ渡った。
 それが、今から五年前のことである。

「王都のS級パーティーは、迷宮ダンジョンの攻略中じゃなかったのか?」

 と、腕組していぶかしげなギムナック。ソロウが「ああ、東の瘴気の向こうで発見されたとかいう」と記憶を辿る。

「確か、魔王城だったところが迷宮化してたんだよな。肩透かし食って帰った勇者の記事を見たぜ。可哀想になあ、ダンジョンは冒険者の領分だし、魔王が居る訳じゃねえし。魔王が居なけりゃ手柄無しってのは、まったく酷な話だ。
 ──で、そのダンジョンに居る筈のヴンダーが、この城を一緒に守ってくれたってわけですか?」

「いや、それが、彼は療養中で……」テヌート伯爵が長いまつ毛を伏せて言った。「先日、ダンジョンでのろいを受けて魔力を蓄えられなくなったとか。ダンジョン攻略のパーティーも一時解散したと聞いた。
 精根尽き果てた様子のヴンダーがオローマを訪れたのは、アイスドラゴン襲来の直前だったんだ。彼の不運には心底同情するよ。何せ、彼はすっかり氷漬けになってここへ運び込まれて来たのだからね」

 まあ、なんとか一命は取り留めたが……と遣る瀬無さげに溜息を吐くテヌート伯爵に、ソロウとギムナックは、何と言って良いか分からない様子で口を閉じた。

 リュークはパンの中身を全て食べ終え、リンはリュークのパンの外側を全て食べ終えた。そして、リュークは少し冷めて食べやすくなったスープへと取り掛かる。

 沈黙が漂うなか、グランツはそれがいかにも大したことではないという風に優雅に一口茶を飲んで、それからこう言った。

「明日の朝、討伐へ向かう。これで良いかな」

「えっ……は、ええ、はい。しかし、どうやって?」

「どうもこうも、山へ赴き、剣で殴り、倒すのだ。これ以外にあるまい」

 テヌート伯爵は動揺を隠せない。「さすがアルベルム卿です」といつでも称賛する準備があったために、なおさら混乱してしまう。

 テヌート伯爵とは、グランツに憧れ、グランツを全面的に支持してはいるが、グランツのことを理解できている訳では無い。見聞きしたのはグランツの功績や武勇伝ばかりで、そこに至った経緯を直接目にしたことは一度もないのだ。

(あまり深慮なさる方ではないと聞いてはいたが……)

 実際に目の当たりにすると、これほどかと驚くばかりである。
 テヌート伯爵らはアイスドラゴンについて、その習性や能力を分析しようとあらゆる知識と手段を総動員させていたというのに、生ける伝説とされるアルベルム辺境伯の口から出たのは、およそ文明的な提案からは遠くかけ離れた単純明快かつ原始的な方法ときた。

(レオハルト殿の懸念されていたのは、これか)

 なるほど、これは確かに、と腑に落ちたテヌート伯爵は、同じく困惑もしくは呆れているか怯えているらしい冒険者二人に意見を求めた。

「俺らは……そうだなあ……。閣下は最強だと思ってますよ。戦闘を生業とするS級冒険者よりもお強いだろうとすら思ってる。ただ、相手がドラゴンとなると……なあ?」

 ソロウは奥歯に物が挟まった言い方でギムナックに続きを押し付けた。ギムナックは、とても苦い顔でゆっくりと頷く。

「ドラゴンは……まあ、非常に知能の高い魔物で、もしも閣下がアイスドラゴンに斬り掛かったところで、ドラゴンの方は閣下ではなく城を襲いに来る可能性もある……のではないでしょうか。この場合、閣下がいくらお強くてもどうしようもない」

「うむ。なるほど」

 グランツが顎に手をやって考え始めたようだったので、テヌート伯爵はほっとした。
 他者の意見を素直に聞き入れる──簡単なようで難しいこれを易易と行える、この点は貴族らしからぬグランツの美徳であると言えよう。
    
 さておいて、ギムナックの懸念である。
 ドラゴンといえば、まず目につくのがその戦闘能力の高さだが、専門家らがドラゴンを他の魔物と一線を画す存在とする所以は、実は底知れぬ知能の高さにある。

 ところが、この事実を知るものは意外と少ない。嘆く専門家曰く、ひとえにドラゴンのゴツゴツとした外見と気性の荒さが要因である。
 例えば、平然と差別を行う者たちの中に、竜人族を見て「うろこ人は知能が低い」などと平然と言ってのける者も居るほど妙な偏見が蔓延はびこっているのだから手に負えない。

 もしも「竜種はやがて人語を話すようになる」と声高に主張する専門家らを嗤うような者たちや差別主義者が、西の洞窟に住まう〈ユフラ婆さん〉を知ればどうなることやら。

 兎に角、殆どの人々は信じていないにしろ、ドラゴンが人語を解す以上の知能を持っていることは確かだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。 そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。 王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。 しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。 突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。 スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。 王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。 そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。 Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。 スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが―― なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。 スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。 スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。 この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

処理中です...