西からきた少年について

ねころびた

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テヌート伯爵領(60〜)

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「早く言ってくださいよ! あのヴンダーが加勢してくれるなら、戦力がまるで変わってくる」

 ソロウはナプキンで口元を拭いながら言った。

 ヴンダー・トイ。彼は王都ノルンの冒険者で、なんと十七歳で冒険者登録をしてから史上最速の三年目にしてS級へと昇格した天才魔法使いである。勿論、二十歳でのS級昇格は史上最年少であり、当時は新聞に講演にと引っ張りだこ。彼の名前と顔は瞬く間に国内全土へ知れ渡った。
 それが、今から五年前のことである。

「王都のS級パーティーは、迷宮ダンジョンの攻略中じゃなかったのか?」

 と、腕組していぶかしげなギムナック。ソロウが「ああ、東の瘴気の向こうで発見されたとかいう」と記憶を辿る。

「確か、魔王城だったところが迷宮化してたんだよな。肩透かし食って帰った勇者の記事を見たぜ。可哀想になあ、ダンジョンは冒険者の領分だし、魔王が居る訳じゃねえし。魔王が居なけりゃ手柄無しってのは、まったく酷な話だ。
 ──で、そのダンジョンに居る筈のヴンダーが、この城を一緒に守ってくれたってわけですか?」

「いや、それが、彼は療養中で……」テヌート伯爵が長いまつ毛を伏せて言った。「先日、ダンジョンでのろいを受けて魔力を蓄えられなくなったとか。ダンジョン攻略のパーティーも一時解散したと聞いた。
 精根尽き果てた様子のヴンダーがオローマを訪れたのは、アイスドラゴン襲来の直前だったんだ。彼の不運には心底同情するよ。何せ、彼はすっかり氷漬けになってここへ運び込まれて来たのだからね」

 まあ、なんとか一命は取り留めたが……と遣る瀬無さげに溜息を吐くテヌート伯爵に、ソロウとギムナックは、何と言って良いか分からない様子で口を閉じた。

 リュークはパンの中身を全て食べ終え、リンはリュークのパンの外側を全て食べ終えた。そして、リュークは少し冷めて食べやすくなったスープへと取り掛かる。

 沈黙が漂うなか、グランツはそれがいかにも大したことではないという風に優雅に一口茶を飲んで、それからこう言った。

「明日の朝、討伐へ向かう。これで良いかな」

「えっ……は、ええ、はい。しかし、どうやって?」

「どうもこうも、山へ赴き、剣で殴り、倒すのだ。これ以外にあるまい」

 テヌート伯爵は動揺を隠せない。「さすがアルベルム卿です」といつでも称賛する準備があったために、なおさら混乱してしまう。

 テヌート伯爵とは、グランツに憧れ、グランツを全面的に支持してはいるが、グランツのことを理解できている訳では無い。見聞きしたのはグランツの功績や武勇伝ばかりで、そこに至った経緯を直接目にしたことは一度もないのだ。

(あまり深慮なさる方ではないと聞いてはいたが……)

 実際に目の当たりにすると、これほどかと驚くばかりである。
 テヌート伯爵らはアイスドラゴンについて、その習性や能力を分析しようとあらゆる知識と手段を総動員させていたというのに、生ける伝説とされるアルベルム辺境伯の口から出たのは、およそ文明的な提案からは遠くかけ離れた単純明快かつ原始的な方法ときた。

(レオハルト殿の懸念されていたのは、これか)

 なるほど、これは確かに、と腑に落ちたテヌート伯爵は、同じく困惑もしくは呆れているか怯えているらしい冒険者二人に意見を求めた。

「俺らは……そうだなあ……。閣下は最強だと思ってますよ。戦闘を生業とするS級冒険者よりもお強いだろうとすら思ってる。ただ、相手がドラゴンとなると……なあ?」

 ソロウは奥歯に物が挟まった言い方でギムナックに続きを押し付けた。ギムナックは、とても苦い顔でゆっくりと頷く。

「ドラゴンは……まあ、非常に知能の高い魔物で、もしも閣下がアイスドラゴンに斬り掛かったところで、ドラゴンの方は閣下ではなく城を襲いに来る可能性もある……のではないでしょうか。この場合、閣下がいくらお強くてもどうしようもない」

「うむ。なるほど」

 グランツが顎に手をやって考え始めたようだったので、テヌート伯爵はほっとした。
 他者の意見を素直に聞き入れる──簡単なようで難しいこれを易易と行える、この点は貴族らしからぬグランツの美徳であると言えよう。
    
 さておいて、ギムナックの懸念である。
 ドラゴンといえば、まず目につくのがその戦闘能力の高さだが、専門家らがドラゴンを他の魔物と一線を画す存在とする所以は、実は底知れぬ知能の高さにある。

 ところが、この事実を知るものは意外と少ない。嘆く専門家曰く、ひとえにドラゴンのゴツゴツとした外見と気性の荒さが要因である。
 例えば、平然と差別を行う者たちの中に、竜人族を見て「うろこ人は知能が低い」などと平然と言ってのける者も居るほど妙な偏見が蔓延はびこっているのだから手に負えない。

 もしも「竜種はやがて人語を話すようになる」と声高に主張する専門家らを嗤うような者たちや差別主義者が、西の洞窟に住まう〈ユフラ婆さん〉を知ればどうなることやら。

 兎に角、殆どの人々は信じていないにしろ、ドラゴンが人語を解す以上の知能を持っていることは確かだ。

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