西からきた少年について

ねころびた

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テヌート伯爵領(60〜)

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 そもそも、アイスドラゴンはどこに居るのか。いつやって来たのか。一体だけなのか、複数体居るのか。どのような能力や習性があるのか。
 テヌート伯爵はようやく会議を始める雰囲気となったので、情報の共有から取り掛かることにした。

「おそらく全長二十メートル弱のアイスドラゴンは、オローマからすぐ東北の山頂に単独で巣を作ったようです。と言っても、実際に巣を確認した訳ではありません。しかし、アイスドラゴンがいつも同じ場所へ戻るのは確かですから、理由があると考えて良いでしょう」

「アイスドラゴンが優れた帰巣本能を持つと図鑑で……ちょっと待ってくださいよ、そういえば確か──」

 ソロウは懐中からエリン──冒険者ギルドアルベルム支部の受付嬢をしている猫系獣人の女性──から受け取った冊子を取り出して開いた。二十項程度の冊子には、アルベルムから王都ノルンの間で出現が確認された魔物の情報がずらりと載っている。

 ソロウは素早く項を捲ると、あるところでピタリと手を止めて「これだ」と言った。

「『討伐難度A~S級(討伐記録無し)。自然を操り雪雲を発生させ、猛吹雪を起こす。ブレスはマグマも凍らせる威力で、人が浴びれば即座に血液まで凍結する。雪山に張り付くためか、爪は大きく鋭い。飛行速度は竜種にしては遅い。山の中腹から頂上に巣を作るとされる。優れた帰巣本能を持つ。目撃事例が少ない。遭遇したら逃げること』」

 アイスドラゴンの文を読み上げて、テヌート伯爵へ視線を戻す。

「──これ、アルベルムの街を発つときに冒険者ギルドの職員から貰ったものなんですがね、ノルンまでの区間で確認されたことのある魔物リストらしいんですよ。
 ってことはつまり、その区間では以前にもアイスドラゴンらしきものが目撃されてるってことだ。
 騒ぎにならなかったのが不思議ですが、大方おおかたドラゴンから採れる素材や討伐の名誉を欲しがる奴らに勝手をさせないためのギルドの判断でしょう。人に害を及ぼさないドラゴンに手を出すのは愚行でしかありませんから、吹聴して回らなかった目撃者は賢明です」

 ドラゴンの素材といえば、魔具や呪具や装備品の材料として、たった鱗一枚でも数ヶ月遊んで暮らせるような高値で売買される。まるまる一体分を売り払えば国が建つ程である。

 実際、海の向こうの大陸ではドラゴンを討伐して建国された例がある。それも今となっては、建国者であった王が退位して他の国に侵略されてしまった「儚い夢」の一つとして吟遊詩人の詩となっているばかりだ。だが、この一例だけでも多くの者がドラゴンに夢を抱く理由と成るには充分だった。


 ふむ、と相槌を打ったグランツが、ソロウの向こうでスープを口に運ぶリュークにチラチラと意味ありげな目線をやった。

 いつも大人たちに連れられて、文句の一つも言わない穏やかな少年。声をかければ、すぐに振り向いて可愛らしく小首を傾げるのだろう。

 ソロウはいつもの言いしれぬ不安を覚えるが、如何せん時間が無い。何かしらアイスドラゴンを倒すための糸口が見付からないか、淡い期待と多大な後ろめたさを胸に「リューク」と名を呼んでみた。
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