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テヌート伯爵領(60〜)
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しおりを挟む名前を呼ばれたリュークは、顔を上げてソロウを見つめ、こてんと小首を傾げた。テーブルが高くて食べづらいのか、口周りにスープがベッタリと付いている。それでも、食器の使い方は初めの頃に比べれば見違えるように上達した。
ソロウたちが初めて会った頃は、缶詰めを手で食べようとしたり、フォークを逆さまに持ったりして、まるで食器の使い方など知らないようなリュークだった。「祖母さんに使い方を教わらなかったか」と尋ねれば、「ユフラ婆さんは、こんなの使わない」と答えた。
リュークの家では手掴みで食べるのが普通なのだろうとソロウたちは思ったものだが、後々になってみると、どうやら物知りらしい祖母が孫にカトラリーについて教えなかったことを些か奇妙にも思わなくもない。
ソロウはリュークの首元に掛けていたナプキンで口の周りを拭いてやりながら、ふとそんなことを考え、いや待てよ、と思考を切り替える。
(食べ方のことなんかどうでも良いんだ。どれだけベタベタになりながら食べたって、何も悪いことじゃないんだから。
それより、俺たちはリュークに何を求めるべきなんだ? 当然、子どもにアイスドラゴンの討伐はさせられない。となると──)
「おいしかったよ。リンは硬い食べ物が好きなんだ。柔らかいのは、歯がかゆくなるって」
リュークは、考え込むソロウに対し、先に何か答えてあげようと「料理の感想」を述べた。しかし、ここで目を丸くしたソロウを見る限り、てっきり正解かと思って口にした料理の感想は求められていたものではなかったようである。
リュークは首を傾げて、違う答えを捻り出す。
「虫には砂糖水をあげたよ。でも、あまり好きじゃないみたい。それで、魔力を食べさせたら角が増えたよ」
どうだ、と言う純真な目がソロウを追い詰めている。その目が今度はギムナックに向けられたので、ギムナックはぎょっとしながらも一旦軽く咳払いをして「そうか、角が」と褒めるつもりで言いかけ、すぐに違和感を覚えて腕組を解く。
「角が増えたって?」
「うん、お尻に」
ほら、とテーブルに大きな角だらけの昆虫を出して見せる。確かに、尻のところに以前には無かった角が生えている。
それに大層驚いたテヌート伯爵が、「カブトムシか、それは」と少年の顔付きで身を乗り出した。
「知らない虫だよ。ギムナックも知らない虫。これ、ここのお尻のとこに角があるでしょ? 前は五個だけだったのに、増えたんだ」
「すごいな! これは私も知らない虫だ。新種じゃないのかい? どこで見つけたんだ?」
「テリルマのもっとちがうところの、木のとこに居た」
テリルマ、と反芻するテヌート伯爵へ、ソロウが「テルミリアのことです、伯爵。確か、テルミリアの西の森で捕まえたようです」と説明した。
テヌート伯爵は、自分の髪と同じ焦げ茶色をした昆虫を気に入ったようだった。「昆虫は男の浪漫」とまで言い切った。テルミリアのポップロンが聞けば口から泡を吹いて倒れそうな言葉である。
けれど、今は昆虫について話している場合ではない。グランツまでがこの会話に加わろうとしたところで、ギムナックは大きく咳払いして「話を戻しても?」と割って入った。
領主二人は、はっと我に返って椅子に座りなおした。リュークは昆虫を仕舞った。
ギムナックはソロウに目配せして先を促す。しかし、ソロウはまだ肝心な質問の内容を決めきれていない。
健気な少年はソロウを想って、どうにか望まれるものを差し出そうと、一生懸命に答えを探した。
そして──。
「アイスドラゴンは、あまり頭が良くないんだ」
それだ! と、リュークの保護者である三人の大人たちは声を揃えた。
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