西からきた少年について

ねころびた

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テヌート伯爵領(60〜)

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 リューク曰く、アイスドラゴンが優れているのは氷漬けにした獲物を探し出すための嗅覚のみで、帰巣本能や方向感覚は可哀想な程に無く、ついでに視覚も聴覚も鈍く、ただ辛うじて備わっている程度の魔覚で「宝玉ほうぎょく」なるものの魔力の気配のみを頼りに巣の場所を決めているとのことだった。

 ドラゴンの宝玉とは、孵化したドラゴンの腹にくっついている丸い宝石のような玉で、孵化後しばらくは何も食べなくてもこの宝玉から栄養分となる魔力を摂取して生きられる。所謂、卵黄嚢ヨークサックのようなものである。

 宝玉は、親ドラゴンが限界まで魔力を注ぎ込んで作られる。出来立てには他のドラゴンを寄せ付けないほど莫大な魔力が詰まっている。
 殆どのドラゴンはこの宝玉がなくなるまで魔力を取り込んで成長するものだが、アイスドラゴンの子どもは主食である肉類を食べられるようになる時期が早く、親ドラゴンは我が子が肉を食べるようになるとすぐに宝玉を子の腹から切り離すという。
 そして、自分で狩りを行えるくらいに成長した子ドラゴンに魔覚が備わり始めると、親ドラゴンは宝玉を巣から少し離れた場所へ埋めに行く。巣立ちの時期である。
 子ドラゴンは、宝玉の魔力に引き寄せられるように移動し、そこに新たな巣をこしらえ、一人前のアイスドラゴンとなるのだ。



 ──と、要約すればこうなる話を聞く間、大人たちは数え切れないほどの質問を重ねたが、返ってくる答えの信じがたさときたら、終始まるで御伽噺おとぎばなしでも聞かされているような気分だった。

 さらにリュークは続ける。

「暑いときは、宝玉を近くに埋めて、寒いときは宝玉を遠くに埋めるんだ」

 睡眠環境にこだわるユフラ婆さんがリュークに頼むのである。「少し暑いから──少し涼しすぎるから──アイスドラゴンの宝玉を近くに──遠くに埋めておくれ」と。
 まさに自然の神秘、奇跡の空調設備。ユフラ婆さんの気分一つで引っ越しを余儀なくされるアイスドラゴンの方はたまったものではない。
 ──などというところまで詳しく話すリューク少年ではない。


 大人たちの困惑は既に目眩を覚えるほどに達している。

 リンは扉の前に座り込んで、兵士らに「開けてくれ」とでも言うように視線を送っている。兵士らは愛らしい魔物に屈服するものかと、黙って視線を真っ直ぐ前に向けている。
 
「埋めないと、雪を降らせるよ。風もするよ。ゴブリンの子どもは寒がりだから、気を付けないといけないんだ。えっと、寝るときだけど。ちゃんと埋めたら普通だよ。守らないといけないから、大変なんだって」

 リュークの説明の仕方とは、多くがこのような調子である。意味は分からなくもないが、よく汲み取って整理する必要がある。「ゴブリン」などの整理しきれない部分は一先ず聞かなかったことにしておく。

 驚き疲れた大人たちが椅子の背凭れと同化し始めている。が、テヌート伯爵だけはリュークのことをドラゴンにとびきり詳しい天才少年とでも思ったのか、まだ少しの気力が残っているようであった。

「素晴らしい知識だ、リューク君。一体どこでアイスドラゴンのことを知ったんだい?」

「ユフラ婆さんが教えてくれたよ」

 そう言うリュークの表情は、どこか誇らしげである。
 「ユフラ婆さん?」と聞き返すテヌート伯爵へ、グランツが「リュークのだそうだ。大変な物知りであられる」と教えた。

 また一人、これを誤解と知る由もなし。

 ほほう、と鵜呑みにした伯爵は「それで、宝玉は──」と話を継続する。

「今はこの近くの山にあるという訳か。それを上手いこと使えば、或いは討伐できないものか……」

「アイスドラゴンはね」──褒められて嬉しいリューク少年は、まだ知識を披露したいようである──「居ないと困るんだ。海になるから」

「う……海?」

「殺したら、全部海になっちゃうんだってさ」

「海……」

 伯爵にとって、えらく突飛な話である。雪山のアイスドラゴンが居なくなれば海になるというのは、一体どういう理屈だろうかと懸命に考えてみる。
 しかし、一向に分からない。
 グランツに至っては、頭の使いすぎで早くも発熱にうなされ始めたようである。冒険者二人の目は遠くを見ている。
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