西からきた少年について

ねころびた

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氷竜駆逐作戦(78〜)

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 山の麓で野営地を整えていたテヌート伯爵は、周囲の見張りに立たせていた兵士からグランツ一行到着の報せを聞いて表情を引き締めた。

(アルベルム卿には本当に頭が上がらない……)

 テヌート伯爵は、雪のちらつく道の先に目を凝らしつつ思考に耽る。

 ──もしアイスドラゴンを追い払えなかったとしても、絶体絶命のときに迷いなく駆け付けてくれたという事実をもって、既に自分一人の命では返し切れない借りとなっている。
 だというのに、今も領主である自分が待機し、他所の領主である辺境伯らと冒険者たちが作戦の中心に立って雪山とドラゴンに挑むというのは、なんとも情けない話ではないか。

 しかし、昨夜どう粘っても同行を許されはしなかった。適材適所だと言われ、反論すら出来なかった不甲斐なさときたら。

(結局のところ、私の力などアルベルム卿の足元にも及ばない)

 分かりきったことだ。アルベルム辺境伯は、その気になれば王国すら相手に出来るほど強大な戦力を有していると云われている。──というか、まずもって辺境伯個人の戦力が化け物並みである。そして、側近のレオハルトを筆頭に、配下の戦闘能力も極めて高い。
 テヌート兵や騎士たちも非常に優秀ではあるが、アルベルム辺境伯領の兵士らのように狂気じみた強さを誇るには、頭のネジを余程抜いて捨てる必要があるだろう。

 容易なことではない。少なくとも、今の立場では。それがなんとも悔しいのである。

 だが、気持ちを切り替えていくしかない。領主として、兵や住民らに落ち込んだ姿を見せる訳にはいかない。

 野営地と、城までの道を保ち続けること。これが今テヌート伯爵とその配下に与えられた使命なのだ。


 テヌート伯爵は道を歩いてグランツ一行を出迎えに向かう。
 野営地のかまどの火はよく燃えている。暖を取るための焚き火も十分にある。
 兵士二十名と魔法使い十名の体調も万全だ。結界を張っているので吹雪にも耐えられる。
 何も心配はいらない。今晩を無事に過ごし、明日ヴンダーが無事に生きて山頂に辿り着けさえすれば、もう作戦は成功したも同然。なに、例え魔力を失ったとしても、ヴンダーが過去に積み重ねてきた経験は決して無駄にはならない。S級冒険者としての豊かな経験が彼を生かし、良い結果へと導いてくれるに違いない。心配することなど、何もないのである。


 テヌート伯爵が独りあれこれと考えている内に、グランツ一行の姿が見えてきた。

 少し前から吹雪は止んでいる。このときにアイスドラゴンが起きているのだと思うと背筋がゾッとしないでもないが、誰もが考えないように努めている。


「待たせたな、テヌート伯爵!」


 疲労など微塵も感じていないようなグランツの大声が響いた。グランツの後ろには大きな魔狼リンが居る。その後ろでは、三人の兵士がリンの背中に括りつけられたまま虫の息となっているヴンダーの身を案じている。レオハルトはいつもと変わりない。
 ソロウ、ミハルと、リュークを背負うギムナックも寒さに慣れてきたのか、一つも疲れた顔を見せない。

「アルベルム卿! ご無事で何よりです! さ、さ、早くこちらへ。温まったら食事にしましょう。足湯も用意していますから、すぐに準備を」

「やあ、やあ、助かるよ。雪山登りは久しぶりだからな。今夜はゆっくり休ませてもらおう」

「こちらが助けて頂いてるのですよ、アルベルム卿。遠慮なさらず、何でもお申し付けください」

「では、ヴンダー・トイに回復薬と山盛りの食事を。今夜中に体力をつけさせねば、流石に上まで登れないだろうからな」

「ええ、すぐに」

 テヌート伯爵は、兵たちにヴンダーをリンから取り外し、上級回復薬を飲ませるよう指示を出した。ヴンダーは可哀想に、呻き声すら声にならず、涙のことごとくが凍り付いて酷い顔のまま運ばれていく。

 早くも瀕死だが、上級回復薬があれば体力と軽傷の殆どを完治できるので問題ない。何度でも蘇るアンデッドの如き扱いと言えなくもないが、上級回復薬はかなり希少で高価な薬品であり、質によっては小さな家が建つほどの値が付けられるほどだ。噂によると、これを使えばアンデッドも容易く殺せるらしい。
 そんな高級品を使ってもらえるあたり、ヴンダーは無価値とは程遠い人間なのだ。テヌート兵はヴンダーを運ぶ間そう彼に説き、ヴンダーはよく分からないまま洗脳されていく。

 ところで、グランツでさえ数えるほどしか使ったことのない上級回復薬をずらりと並べているところを見ると、テヌート伯爵領の財政は随分と潤っているようである。
 回復薬には使用期限があるのだ。それが閉鎖された城内だけでこれだけの数を備蓄していたというのだから、その予算の規模はアルベルムを超えている可能性すらある。
 レオハルトは、そのようなことを露ほども考えないであろうグランツの足湯姿を眺めながら、どうにかアルベルムの軍事費を増やす方法はないかと考えを巡らせる。



 焚き火のそばで早速足湯にありついたソロウたちはヴンダーに対してさすがに同情を堪え切れなくなりつつあって、この件が解決したあかつきには、なんとか呪いを解いてやれないものかと相談を始めた。

 リュークもこの輪の中に居て、リンはリュークの隣で大きな体躯を転がしている。

 時々、強い風が吹くようになってきた。アイスドラゴンが微睡んでいるのかも知れない。
 
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