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氷竜駆逐作戦(78〜)
79
しおりを挟むヴンダーは、ミトンをはめた手の中にある三角形のピッツを穴が空くほど見つめた。生地にソースを塗り、香草とチーズをたっぷり掛けて、こんがりと焼いたピッツ。
「出来立てどころか、冷凍ピッツなんですけど」
後ろで大きな音を立てて跳ね橋が閉じた。
昼前なのに、辺りは薄暗い。前後左右では吹雪が渦を巻いている。積もった雪も砂のように舞い上がって、視界は殆ど真っ白か灰色だ。
グランツとレオハルト、ソロウ、ミハル、ギムナックと三名のアルベルム兵は、ヴンダーと同じく完璧な防寒装備でヴンダーを取り囲んでいる。隣にはリューク少年と魔狼リンも居る。
「あら嫌だわ、本当に出来立てなのよ。ほら、少し温めれば大丈夫」
ミハルが杖を近付けて火の魔法で温めたが、口に運ぶ頃には固まり始めている。
「とろけて伸びるチーズがピッツの売りなのに……。ねえ、本当に行くんですか? というか、本当に僕を行かせるんですか? 僕、体力落ちてるから高確率で死にますよ」
カチカチに凍ったピッツをポケットに仕舞いながら、もう半ば他人事のような口ぶりで最後の説得を試みるヴンダー。
ソロウが心底申し訳無さそうな顔で「ちゃんと連れて帰るから心配するな」と声をかけた。ヴンダーは既に冷えて動きの鈍くなった口を懸命に動かして「出来れば死体にならない内に連れて帰ってください」と望み薄な様子。
そんなとき、
「大丈夫、私が守ってみせるさ」
と言ったグランツの明るい声には思わずヴンダーもはっとした。灰色の世界に陽が差し掛けた気がしたが、いやいや、あんたとは体の出来が違うわい、と心が勝手に文句を垂れる。
隣を見下ろせば、小さな子どもがヴンダーを見上げている。毛皮のフードが可愛らしい赤色の防寒着で、それを着る黒髪の子どもがまたこの上なく愛らしい。雪に乗っ取られたような視界の中で、心まで見透かすような真っ黒な瞳に見つめられると、何故か罪悪感のようなものが芽生えてくる。
「君も行くの? ここで待ってなよ。危ないよ」
沈黙に耐えかねたヴンダーが言うと、リュークは黙って首を横に振った。
そして、ヴンダーは馬ほどに巨大化したリンの背中にロープで括り付けられ、一行は青年の悲鳴を合図に山へ向けて出発したのだった。
アイスドラゴンが居着いている山の麓までは道が続いている。テヌート伯爵が、兵士らと魔法使いと共に夜中から雪を溶かし、掻き分け、掘り進めて作った道だ。グランツたちがテヌート城に来るまでに通った不思議な道より歪だが、それはあの道が不自然であっただけで、普通は壁も道もこのようにデコボコになるものだ。
リンが嬉しそうに走るので、全員が駆け足になっていた。リュークは途中からギムナックに背負われた。風が強く、互いの声が聞こえにくい。
「リン! 待って! 少しゆっくり行きましょう!」
たまらずミハルが叫ぶが、リンは耳が良いくせに聞こえないふりをして駆けて行ってしまった。
既にヴンダーの悲鳴は止んでいる。生命活動まで止んでしまってはいないかと大人たちは心配になったが、リュークが「まだ死んでない」と言うので、なんとか生きてはいるようである。
「死んじゃったら、リンが『ごめんね』って言うよ」
リュークは、自分を背負って走るギムナックを安心させようとして言ったつもりだったが、それじゃ遅いんだが、とギムナックは一層不安になった。
一行は、ようやくオローマの東門を抜けた。山はまだ遠く、しかしこの速さなら途中で休憩を入れても夕方までには着く。麓で待っているテヌート伯爵たちの力を借りて一泊し、明朝に登山を開始する予定だ。
それにしても酷い吹雪である。
リュークはアイスドラゴンが寝ているときに吹雪を起こすと言っていたが、これを見る限りとてもじゃないが信じがたい。
前を行く影の速度が緩やかになったとき、ギムナックは肩越しにリュークに尋ねてみる。
「なあ、リューク。すごい吹雪だが、アイスドラゴンは本当に寝てるのか?」
「寝てるよ」
リュークはまるでその光景が見えているかのように軽く答えた。
「そうか。オローマの街は、街の上空に突然現れたアイスドラゴンのブレスと魔法のような吹雪で一瞬にして凍りつき、雪まみれになったそうだ。起きているときでも、そういう風に暴れるときもあるってことだよな」
「暴れるよ」
「えっ?」
ギムナックはぎょっとして立ち止まりかけた。すると、後ろを走っていたソロウが「おい!」と驚いて声を上げたので、再び速度を上げながら頭の中を整理する。
少し、難しい話し方をしてしまったかもしれない。そう思い、今一度リュークに尋ねる。
「アイスドラゴンは、起きてるときにも暴れるのか?」
「アイスドラゴンは、周りが全部雪じゃないとき、ずっと雪を作ってるよ。全部白いのが好きなんだ」
「おっ、なるほど! じゃあ今は周りが雪ばかりだから、起きてるときは大人しいのか」
なるほど、なるほど、と笑みを浮かべながら歩調まで軽くするギムナック。
新たな知識を仕入れられたことも嬉しかったが、それよりも問答を成立せしめたという達成感の方が勝っていた。
あとはヴンダーが生きて山頂へ辿り着くことさえ出来れば、この氷竜駆逐作戦は成功したも同然。さあ、オローマよ、明日までの辛抱だぞ。
ギムナックの喜びが背中からリュークへ伝わり、リュークもなんだか楽しくなって笑顔を浮かべた。
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