西からきた少年について

ねころびた

文字の大きさ
89 / 199
氷竜駆逐作戦(78〜)

88

しおりを挟む
 進むにつれて、氷のように冷えた足の爪先から這い上がるような恐怖がヴンダーの頭を支配し始めた。ヴンダーはなんとか正気を保つために薄目になり、なるべくアイスドラゴンを見ないようにした。

(リュークとかいう子の言い分が本当なら、こっちが警戒する必要なんてないってことだもんな。それどころか、僕が何をしたって気付かれないみたいな口ぶりだったじゃないか)

 であるならば、すぐにでも全速力で行って宝玉を奪い、アイスドラゴンをこのマジックバッグの中へ誘導してしまえばいい──。

 果たして、出来るか。


(出来るわけないですよ、そんなこと)


 そもそも、ヴンダーはリュークのマジックバッグにドラゴンを収められることすら疑っている。
 腹の中で悪態を吐き続けることで意識を他へ向ける。そうして性格を歪ませながら進み続けること数分。とうとう目の前にドラゴンの尾が迫った。僅かに振れた尾に当たるだけでも重症を負いかねない。ぐるりと大きく迂回して、腹の下に潜り込まねば。
 ヴンダーはまるで現実感のない中で、着々と宝玉へと近付いていく。


     



「凄い度胸だな、ヴンダー・トイは」

 氷の壁の上から成り行きを見守るギムナックが、すっかり感服して呟いた。

「ああ、さすがS級だ。初めは駄目かと思ったが、やっぱりそこら辺の奴らとは違うみたいだな」と、ソロウ。

 ようやく木箱を上がってきたばかりのミハルも、緊張しきった顔で壁の向こうを覗いて
「ええ、本当に」と相槌を打った。
 泣き言ばかり並べていたのが嘘のように、淡々とドラゴンへ向かっていく影が頼もしかった。その影も今や遠く、ハンターのギムナックの目を持ってしてもほとんど見えなくなっている。

「見えるか、リューク」

 ギムナックは背中で大人しくしているリュークに尋ねた。なんとなくリュークならどこまでも見えているのではないかと思ったからだった。

「ヴンダー? ドラゴンのお腹のところに居るよ」

 ──やはり、見えているらしい。

「ヴンダーは気付かれないだろうか?」

「大丈夫だよ。……あ、こっちに来るよ」

「むっ? ヴンダーがこっちに来るのか? 宝玉を回収して?」

「持ってないよ」

「むむっ?」

 おい、ソロウ、とギムナックが呼ぶ。ソロウは頷くと、壁の上に登り、いつでも動けるように構える。ミハルもすぐに魔法を使えるように杖を持ち直した。

 リュークが可笑しそうに笑い声を上げる。

「あはは、ヴンダーの顔」

 焦燥と怒りと悲しみと恐怖をふんだんに盛り合わせたような表情のことである。無論、三人の冒険者たちには見えていない。

 はじめ慎重だったヴンダーの勢いは次第に猛々しく、二、三分も経つと雪を撒き散らして走ってくる様がはっきりと見えた。ソロウたちは、彼の必死な様子に剣呑な眼差しを向けている。

「ねえ! 話が違うんですけど!」

 魔法使いとは思えぬ脚力で壁の側まで戻ってきたヴンダー・トイは、息を整える前に叫んだ。

「ほ、宝玉、触れないんですけど! なんか、魔力がヤバいみたいで、地面が歪んでるし、全然触れない! というか、もし触れても絶対死ぬ!」

「触れないって、それじゃあバッグにも仕舞えないってこと?」ミハルが壁の上から身を乗り出して言った。ヴンダーは、「そうですよ!」とさらに声を張り上げる。

「あれはどうやったって無理です! だって、どう見ても空間ごと地面が歪んでる。魔力のない僕が無防備に触れば体がぐちゃぐちゃになって欠片も残らないですよ、多分!」

「……私が行って、防御結界でなんとかするしかなさそうね。皆はここに居てちょうだい。私とヴンダーで宝玉を回収する」

 ミハルが体を起こし、壁から降りようとする。しかし、ソロウがミハルの腕を掴んで止めた。

「さすがに至近距離で魔法を使えば気付かれるだろう。それなら閣下にドラゴンの気を引いてもらって、その隙を狙う方がまだ確実だ」

「でも……」ミハルは青い顔で言い淀む。急がなければ、またアイスドラゴンが眠ってしまっては近付けなくなる。

「ミハル、今は作戦会議が必要だ。ヴンダー、すまないが少し待っていてくれ」そう言って、ギムナックが上級回復薬の瓶をヴンダーに投げ渡した。

 ヴンダーは呼吸を整えながら、少しずつ回復薬を飲む。青い液体を口に含むたび、苦さと辛さと酸っぱさで顔面に皺が寄る。



 ソロウたちは、リュークを入れて四人で話し合う。

「さて、どうするか……。リュークのバッグに宝玉を入れても壊れたりはしないんだよな?」

 ソロウがリュークに尋ねると、空をぼんやり眺めていたリュークは視線を下げてソロウを見た。
 リュークの革袋マジックバッグについては何度も確認したことだが、念には念を入れなければならない。宝玉に触れられないなどという情報は、リュークの口からは出ていないのだ。リュークの想定していた宝玉と、ヴンダーの見た宝玉の特徴が異なっている可能性も考えないわけにはいかなかった。

「壊れないと思う。壊れたことないよ」

「そう……なのか。ヴンダーは宝玉に触れないらしいんだが、もしかしてリュークは触ったことがあるのか?」

「あるよ。ユフラ婆さんに言われたら運ぶんだ」

「それ会議の時にも言ってたが、まさか一人で宝玉を移動させたのか? 婆さんの指示で?」

「しじ……」

「あ、ああ、悪い。言い方が良くなかったよな……」

 ソロウは申し訳無さそうに眉尻を下げて目を逸らした。リュークは「指示」の意味を汲めなかっただけであったが、思慮深いソロウは無駄に反省している。

 また、何故かギムナックまで辛そうな顔をしている。

「リューク、手で宝玉を触ったの? それとも、触るときには布や棒みたいな道具を使ったのかしら?」と、肝の据わってきたミハルが口を挟んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。 そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。 王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。 しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。 突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。 スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。 王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。 そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。 Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。 スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが―― なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。 スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。 スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。 この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

処理中です...