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氷竜駆逐作戦(78〜)
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進むにつれて、氷のように冷えた足の爪先から這い上がるような恐怖がヴンダーの頭を支配し始めた。ヴンダーはなんとか正気を保つために薄目になり、なるべくアイスドラゴンを見ないようにした。
(リュークとかいう子の言い分が本当なら、こっちが警戒する必要なんてないってことだもんな。それどころか、僕が何をしたって気付かれないみたいな口ぶりだったじゃないか)
であるならば、すぐにでも全速力で行って宝玉を奪い、アイスドラゴンをこのマジックバッグの中へ誘導してしまえばいい──。
果たして、出来るか。
(出来るわけないですよ、そんなこと)
そもそも、ヴンダーはリュークのマジックバッグにドラゴンを収められることすら疑っている。
腹の中で悪態を吐き続けることで意識を他へ向ける。そうして性格を歪ませながら進み続けること数分。とうとう目の前にドラゴンの尾が迫った。僅かに振れた尾に当たるだけでも重症を負いかねない。ぐるりと大きく迂回して、腹の下に潜り込まねば。
ヴンダーはまるで現実感のない中で、着々と宝玉へと近付いていく。
「凄い度胸だな、ヴンダー・トイは」
氷の壁の上から成り行きを見守るギムナックが、すっかり感服して呟いた。
「ああ、さすがS級だ。初めは駄目かと思ったが、やっぱりそこら辺の奴らとは違うみたいだな」と、ソロウ。
ようやく木箱を上がってきたばかりのミハルも、緊張しきった顔で壁の向こうを覗いて
「ええ、本当に」と相槌を打った。
泣き言ばかり並べていたのが嘘のように、淡々とドラゴンへ向かっていく影が頼もしかった。その影も今や遠く、ハンターのギムナックの目を持ってしてもほとんど見えなくなっている。
「見えるか、リューク」
ギムナックは背中で大人しくしているリュークに尋ねた。なんとなくリュークならどこまでも見えているのではないかと思ったからだった。
「ヴンダー? ドラゴンのお腹のところに居るよ」
──やはり、見えているらしい。
「ヴンダーは気付かれないだろうか?」
「大丈夫だよ。……あ、こっちに来るよ」
「むっ? ヴンダーがこっちに来るのか? 宝玉を回収して?」
「持ってないよ」
「むむっ?」
おい、ソロウ、とギムナックが呼ぶ。ソロウは頷くと、壁の上に登り、いつでも動けるように構える。ミハルもすぐに魔法を使えるように杖を持ち直した。
リュークが可笑しそうに笑い声を上げる。
「あはは、ヴンダーの顔」
焦燥と怒りと悲しみと恐怖をふんだんに盛り合わせたような表情のことである。無論、三人の冒険者たちには見えていない。
はじめ慎重だったヴンダーの勢いは次第に猛々しく、二、三分も経つと雪を撒き散らして走ってくる様がはっきりと見えた。ソロウたちは、彼の必死な様子に剣呑な眼差しを向けている。
「ねえ! 話が違うんですけど!」
魔法使いとは思えぬ脚力で壁の側まで戻ってきたヴンダー・トイは、息を整える前に叫んだ。
「ほ、宝玉、触れないんですけど! なんか、魔力がヤバいみたいで、地面が歪んでるし、全然触れない! というか、もし触れても絶対死ぬ!」
「触れないって、それじゃあバッグにも仕舞えないってこと?」ミハルが壁の上から身を乗り出して言った。ヴンダーは、「そうですよ!」とさらに声を張り上げる。
「あれはどうやったって無理です! だって、どう見ても空間ごと地面が歪んでる。魔力のない僕が無防備に触れば体がぐちゃぐちゃになって欠片も残らないですよ、多分!」
「……私が行って、防御結界でなんとかするしかなさそうね。皆はここに居てちょうだい。私とヴンダーで宝玉を回収する」
ミハルが体を起こし、壁から降りようとする。しかし、ソロウがミハルの腕を掴んで止めた。
「さすがに至近距離で魔法を使えば気付かれるだろう。それなら閣下にドラゴンの気を引いてもらって、その隙を狙う方がまだ確実だ」
「でも……」ミハルは青い顔で言い淀む。急がなければ、またアイスドラゴンが眠ってしまっては近付けなくなる。
「ミハル、今は作戦会議が必要だ。ヴンダー、すまないが少し待っていてくれ」そう言って、ギムナックが上級回復薬の瓶をヴンダーに投げ渡した。
ヴンダーは呼吸を整えながら、少しずつ回復薬を飲む。青い液体を口に含むたび、苦さと辛さと酸っぱさで顔面に皺が寄る。
ソロウたちは、リュークを入れて四人で話し合う。
「さて、どうするか……。リュークのバッグに宝玉を入れても壊れたりはしないんだよな?」
ソロウがリュークに尋ねると、空をぼんやり眺めていたリュークは視線を下げてソロウを見た。
リュークの革袋については何度も確認したことだが、念には念を入れなければならない。宝玉に触れられないなどという情報は、リュークの口からは出ていないのだ。リュークの想定していた宝玉と、ヴンダーの見た宝玉の特徴が異なっている可能性も考えないわけにはいかなかった。
「壊れないと思う。壊れたことないよ」
「そう……なのか。ヴンダーは宝玉に触れないらしいんだが、もしかしてリュークは触ったことがあるのか?」
「あるよ。ユフラ婆さんに言われたら運ぶんだ」
「それ会議の時にも言ってたが、まさか一人で宝玉を移動させたのか? 婆さんの指示で?」
「しじ……」
「あ、ああ、悪い。言い方が良くなかったよな……」
ソロウは申し訳無さそうに眉尻を下げて目を逸らした。リュークは「指示」の意味を汲めなかっただけであったが、思慮深いソロウは無駄に反省している。
また、何故かギムナックまで辛そうな顔をしている。
「リューク、手で宝玉を触ったの? それとも、触るときには布や棒みたいな道具を使ったのかしら?」と、肝の据わってきたミハルが口を挟んだ。
(リュークとかいう子の言い分が本当なら、こっちが警戒する必要なんてないってことだもんな。それどころか、僕が何をしたって気付かれないみたいな口ぶりだったじゃないか)
であるならば、すぐにでも全速力で行って宝玉を奪い、アイスドラゴンをこのマジックバッグの中へ誘導してしまえばいい──。
果たして、出来るか。
(出来るわけないですよ、そんなこと)
そもそも、ヴンダーはリュークのマジックバッグにドラゴンを収められることすら疑っている。
腹の中で悪態を吐き続けることで意識を他へ向ける。そうして性格を歪ませながら進み続けること数分。とうとう目の前にドラゴンの尾が迫った。僅かに振れた尾に当たるだけでも重症を負いかねない。ぐるりと大きく迂回して、腹の下に潜り込まねば。
ヴンダーはまるで現実感のない中で、着々と宝玉へと近付いていく。
「凄い度胸だな、ヴンダー・トイは」
氷の壁の上から成り行きを見守るギムナックが、すっかり感服して呟いた。
「ああ、さすがS級だ。初めは駄目かと思ったが、やっぱりそこら辺の奴らとは違うみたいだな」と、ソロウ。
ようやく木箱を上がってきたばかりのミハルも、緊張しきった顔で壁の向こうを覗いて
「ええ、本当に」と相槌を打った。
泣き言ばかり並べていたのが嘘のように、淡々とドラゴンへ向かっていく影が頼もしかった。その影も今や遠く、ハンターのギムナックの目を持ってしてもほとんど見えなくなっている。
「見えるか、リューク」
ギムナックは背中で大人しくしているリュークに尋ねた。なんとなくリュークならどこまでも見えているのではないかと思ったからだった。
「ヴンダー? ドラゴンのお腹のところに居るよ」
──やはり、見えているらしい。
「ヴンダーは気付かれないだろうか?」
「大丈夫だよ。……あ、こっちに来るよ」
「むっ? ヴンダーがこっちに来るのか? 宝玉を回収して?」
「持ってないよ」
「むむっ?」
おい、ソロウ、とギムナックが呼ぶ。ソロウは頷くと、壁の上に登り、いつでも動けるように構える。ミハルもすぐに魔法を使えるように杖を持ち直した。
リュークが可笑しそうに笑い声を上げる。
「あはは、ヴンダーの顔」
焦燥と怒りと悲しみと恐怖をふんだんに盛り合わせたような表情のことである。無論、三人の冒険者たちには見えていない。
はじめ慎重だったヴンダーの勢いは次第に猛々しく、二、三分も経つと雪を撒き散らして走ってくる様がはっきりと見えた。ソロウたちは、彼の必死な様子に剣呑な眼差しを向けている。
「ねえ! 話が違うんですけど!」
魔法使いとは思えぬ脚力で壁の側まで戻ってきたヴンダー・トイは、息を整える前に叫んだ。
「ほ、宝玉、触れないんですけど! なんか、魔力がヤバいみたいで、地面が歪んでるし、全然触れない! というか、もし触れても絶対死ぬ!」
「触れないって、それじゃあバッグにも仕舞えないってこと?」ミハルが壁の上から身を乗り出して言った。ヴンダーは、「そうですよ!」とさらに声を張り上げる。
「あれはどうやったって無理です! だって、どう見ても空間ごと地面が歪んでる。魔力のない僕が無防備に触れば体がぐちゃぐちゃになって欠片も残らないですよ、多分!」
「……私が行って、防御結界でなんとかするしかなさそうね。皆はここに居てちょうだい。私とヴンダーで宝玉を回収する」
ミハルが体を起こし、壁から降りようとする。しかし、ソロウがミハルの腕を掴んで止めた。
「さすがに至近距離で魔法を使えば気付かれるだろう。それなら閣下にドラゴンの気を引いてもらって、その隙を狙う方がまだ確実だ」
「でも……」ミハルは青い顔で言い淀む。急がなければ、またアイスドラゴンが眠ってしまっては近付けなくなる。
「ミハル、今は作戦会議が必要だ。ヴンダー、すまないが少し待っていてくれ」そう言って、ギムナックが上級回復薬の瓶をヴンダーに投げ渡した。
ヴンダーは呼吸を整えながら、少しずつ回復薬を飲む。青い液体を口に含むたび、苦さと辛さと酸っぱさで顔面に皺が寄る。
ソロウたちは、リュークを入れて四人で話し合う。
「さて、どうするか……。リュークのバッグに宝玉を入れても壊れたりはしないんだよな?」
ソロウがリュークに尋ねると、空をぼんやり眺めていたリュークは視線を下げてソロウを見た。
リュークの革袋については何度も確認したことだが、念には念を入れなければならない。宝玉に触れられないなどという情報は、リュークの口からは出ていないのだ。リュークの想定していた宝玉と、ヴンダーの見た宝玉の特徴が異なっている可能性も考えないわけにはいかなかった。
「壊れないと思う。壊れたことないよ」
「そう……なのか。ヴンダーは宝玉に触れないらしいんだが、もしかしてリュークは触ったことがあるのか?」
「あるよ。ユフラ婆さんに言われたら運ぶんだ」
「それ会議の時にも言ってたが、まさか一人で宝玉を移動させたのか? 婆さんの指示で?」
「しじ……」
「あ、ああ、悪い。言い方が良くなかったよな……」
ソロウは申し訳無さそうに眉尻を下げて目を逸らした。リュークは「指示」の意味を汲めなかっただけであったが、思慮深いソロウは無駄に反省している。
また、何故かギムナックまで辛そうな顔をしている。
「リューク、手で宝玉を触ったの? それとも、触るときには布や棒みたいな道具を使ったのかしら?」と、肝の据わってきたミハルが口を挟んだ。
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