西からきた少年について

ねころびた

文字の大きさ
88 / 199
氷竜駆逐作戦(78〜)

87

しおりを挟む

 木箱の階段を登り、氷の壁に手をかけて、息を殺しながら向こう側を覗き見たヴンダー。壁に隔てられた山道はどうやら長くは続いておらず、傾斜は殆どなく平坦で、その先は開けた場所になっているようだ。
 無風であるにも関わらず、白いもやが立ち込めていて視界が悪い。


「可視化するほどの濃密な魔力だ。こんなものは見たことがない」ギムナックがリュークの防寒コートのフードをしっかりと被せながら言った。「この中で魔力の無いヴンダーを探し当てるのは、やはり相当に鼻が利かないと無理だろう」

「アイスドラゴンは凍ってるやつの匂いしか分からないよ」と、リュークがギムナックに背負われながら言った。高身長に背負われてみると遠くまでよく見える。

 何故凍ったやつの匂いだけなんだ、と冒険者たちは非常に不可解に思いつつ、なるほど色々と不憫な生態と能力であるらしいアイスドラゴンに呆れる。

 ヴンダーがソロウに押し上げられて壁上へ這い上がると、丁度ゆらりとたゆむように靄に隙間が生じ、暗がりに恐ろしくも神秘的なドラゴンの影が浮かび上がった。

 ひゅっと息を呑んだヴンダーは、しかしここへきてS級冒険者らしい度胸を復活させる。後戻りできない状況が、常に命がけの冒険に身を置いてきた己を土壇場で奮い立たせた。そして、勇敢なる天才魔法使いヴンダーはしっかりとリュークの革袋を握りしめたまま壁を飛び降りたのだった。




 壁の下は吹き溜まりになっていたせいで雪がたっぷりと溜まっており、そこへ埋まったヴンダーは怪我もなく雪溜まりから這い出て片手を上げた。

 ソロウとギムナックはほっとしながら、こちらも返事として片手を上げる。

 ヴンダーはドラゴンへ視線をやると、一つ深呼吸を入れてから静かに歩き始めた。

 本物のドラゴンと対峙するのはこれが初めてだった。勿論、何度か見かけたことはある。しかし、自分から近付いたことはない。

 よくよく目を凝らして見る。二十メートル弱と聞いていたドラゴンだが、実際に見るといかにもちょっとした山のように大きい。もしかすると、二十メートルは超えているのではないかと思う。
 まだごく仄かにあたりに明るさが残っているから良かったものの、完全な暗闇の中で急にあれと遭遇していたら心臓が止まっていたかも知れない。

 アイスドラゴンの呼吸音か、地鳴りのような音がする。

 一歩ずつ、それでもできる限り速く近付いていく。何かに気付くような素振りはない。眠いのか、えらく長いあくびをしたり、鼻息を吐いたりしている。
 鱗はどことなく青白く映える。昼間に見ればさぞかし美しいだろう。スラリと伸びる首は太く、躰は流線が綺麗だが、遠くからでも筋肉の陰影が見えて恐ろくもある。

 近づくごとに呼吸がしづらくなっていく。

 壁の向こうと違い、雪は深い。身を隠すには良いが、走るのは難しい。見付かれば一巻の終わりだ。

(気付くなよ~……気付くなよ~……こっち向くなよ~……)

 呪文のように頭の中で唱えながらさらに進み続ける。

 山道が終わり、広場へ出ると、あまりの広さに驚いた。普通の山でこれほど開けた場所はない。だが、そう思ってすぐにそれが思い違いであったことに気づく。

(これ、庭か!)

 広大な敷地である。足元の雪を掘ってみると、表面の整った敷石と、煉瓦で作られた花壇の一部が出てきた。

 しかし、周囲を見渡しても建造物は見当たらないのである。アイスドラゴンの居るところに巨大な岩や氷が無造作に積まれたように突き出しているだけで、他には何も──。

(いや、これは……)

 ヴンダーはいよいよ事態を察して革袋を握る手に力を込めた。
 ここにあったはずの城は、アイスドラゴンに粉砕されたのである。そして、その残骸こそがアイスドラゴンの巣となったのだ。

 アイスドラゴンはほとんど背中を向けている。無風なのに、向かい風の中を行くように足が重い。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔法筆職人の俺が居なくなったら、お前ら魔法使えないけど良いんだよな?!

川井田ナツナ
ファンタジー
俺は慈悲深い人間だ。 だから、魔法の『ま』の字も理解していない住民たちに俺の作った魔法筆を使わせてあげていた。 だが、国の総意は『国家転覆罪で国外追放』だとよ。 馬鹿だとは思っていたが、俺の想像を絶する馬鹿だったとはな……。 俺が居なくなったら、お前ら魔法使えなくて生活困るだろうけど良いってことだよな??

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)

みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。 在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

処理中です...