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氷竜駆逐作戦(78〜)
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しおりを挟む「あのねえ、こんな時に冗談なんて、やっぱりあんた達どうかしてますよ。スライムを、革袋からぁ? スライムは死んだら溶けてなくなるじゃないですか。ああ、もしやスライムの魂か怨念でも取り出せと?」
ヴンダーは呆れからか寒さからか肩を竦めて毒を吐いた。顔つきも、どことなく嫌味がある。アイスドラゴンのところへ行って帰ってくるまでに、すっかり性格が歪んでしまったようだ。
「気持ちはね、気持ちは、よーく分かるのよヴンダー」とミハルは、心底、と言わずとも伝わるしみじみとした声で言った。
「私が一番よく分かってる。だって、私は〈マジックバッグ〉の魔法を習得しているもの。それでもね、本当にそのバッグには生きたスライムが入っているの」
「は……」
嘲笑とも上擦った呼吸音ともつかぬ声が漏れた。ミハルは気まずそうに氷の壁の上からヴンダーを見下ろしたまま、「本当よ」と強調した。
ヴンダーは革袋を見下ろし、ミハルを見上げ、もう一度革袋を見下ろして、またミハルへと視線を戻す。
「入っているスライムは一匹だけです……?」
それは訊くべきではないとヴンダーの頭の中で警鐘が鳴っていたが、この短時間で変に調子づいた度胸が一人歩きして、気付けば口を開かせていた。
上方のミハル、そしてソロウの目があっちとそっちを向いた。壁の向こう側からはなんの反応もない。
ヴンダーは、革袋の口に目を落としてみる。全長にわたって擦り切れた紐でぎゅっと絞られた口は、紐を緩めさえすれば簡単に開くだろう。
一体、中に何が──?
中に未知数の生物がいることを想像しかけて身震いしたヴンダーは、一旦すべての思考を手放すことにした。世の中には、知らない方が良いこともある──。ありきたりな台詞だが、このときばかりは世の中で最も正しい言葉であるように思われた。
さて、ヴンダーは行かなければならない。
その前に、スライムを取り出して。
「ええい、ままよ!」
と、人生で一度は使ってみたかった言葉を発しながら勢いよく革袋に手を突っ込んだヴンダー。
何故このとき考えなしに手を突っ込んでしまったのか、彼はあとから考える度に全身が粟立つようになる。
何故と言えば、彼がこのときにスライムを取り出せたのは完全なる偶然であって、一歩間違えれば他の恐ろしい何かが引きずり出されていただろうからだ。
とにかく、ヴンダーは何も考えずにただ革袋に手を突っ込み、その手に触れたものを無心で引っ掴んで革袋から引き抜いた。
「わあ、ヴンダー! あなた凄いわ!」
ミハルはすっかり興奮している。目を丸くするソロウの拍手の音がまばらに降り注ぐ。
ヴンダーは自分の右手ががっしりと掴んでいる小ぶりなスライムを見つめて震えている。
スライムを握ったのは初めての経験である。いくら手袋越しとはいえ、この上なく不気味で恐ろしい経験だった。
ミトンの手袋から垂れそうで垂れないスライムの透明な体の中を、まん丸の両目が重力を見失ったかのように縦横無尽に動き回って奇妙極まりない。
「じゃ、じゃあ行ってきますね……」
もう誰の反応も必要なかった。ヴンダー・トイは、一刻も早くこの悪夢から逃れたい一心で再び命がけの任務に取り掛かった。
いつからか、アイスドラゴンの居る東側は本物の夜が降ってきたように暗くなっていた。遠くが黒い。闇が雪に染み込んだようだ。
思い切り雪を蹴って来たお陰でアイスドラゴンのもとまで歩きやすい小道ができている。まだなんとか足元が見えるうちにと、ヴンダーはいよいよ小走りのような速さで目標との距離を詰める。
アイスドラゴンは、ヴンダーが行って帰ってまた行く間、あくびする以外はほとんど氷の彫刻のように固まって動かなかった。どれだけヴンダーが近付いても、多少騒いでも、この奇っ怪なスライムにも、何にも気づいていない。鈍感が鱗を纏っていると言っても良いほどの鈍感さだ。
勇敢な青年は、巨大なドラゴンの腹の下へ難なく潜り込んだ。
そして、ついにヴンダーの手にあるスライムが、時空をすら歪ませて雪の上に転がる黒い宝玉を体に内包することに成功する。
宝玉が透明な体内にすっかり収まると、歪んでいた空間がじんわりと元に戻り始めた。
とうに生を諦めかけ、性格は捻くれ、自棄っぱちになっていた元好青年の瞳が、かつて夢と希望を抱いたときと同じ輝きを取り戻していく。
いける──これなら、上手くやれる──至極当然の流れでお定まりの思考に至るが、まあ、そう考えた者のほとんどが上手くやれずに終わるというのは皆様ご存知のとおりである。
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