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氷竜駆逐作戦(78〜)
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しおりを挟むアイスドラゴンが動き出したとき、ヴンダーはてっきり地震が起きたものと思い身構えた。
しかし、すぐにその揺れがアイスドラゴンの立ち上がる際の振動であることに気付くと、体が恐怖で硬直する前にと咄嗟の優れた判断力で宝玉入りのスライムを革袋へ押し込む。
突然、ドラゴンの凄まじい咆哮、その衝撃が大量の積雪ごとヴンダーの体を空高くへ吹き飛ばした。長い咆哮の間、山は震え、あちこちで雪崩や崖の崩落が起きている。
ヴンダーが空中で手を離してしまった革袋の口が大きく開き、中から夥しい数のスライムや木の棒や小石、車、馬、その他諸々が撒き散らされる。宙に投げ出されて落ちるだけのヴンダーは、走馬灯のような緩慢な時間の流れの中で、その様をただ見ていることしかできなかった。
この咆哮は、ミハルとソロウが乗っている氷の壁にまで亀裂を走らせた。
「降りるぞ、ミハル!」
ソロウが耳を塞ぎながら口の動きだけで指示するやいなや、同じく手で耳を押さえつけていたミハルは迷うことなく高い壁を飛び降りた。
ギムナックもリュークを抱えて木箱群を降り、壁から離れた位置を取る。それから少しも経たないうちに、高い氷の壁はがらがらと派手に崩れ落ちた。
漸く咆哮が止み、一帯に静けさが戻る。だが、遠くでは未だ地殻変動が起きているかのようなくぐもった余韻が残っている。
「大丈夫か!」
耳が落ち着くのを待ってギムナックが叫ぶと、氷の瓦礫の向こうから「問題ない」とソロウの声で返事があった。ギムナックは一先ず安堵し、木箱が崩れないように全て地面に並べて置いた。ふと山道の坂を見やると、雪がずり落ちて下の方に溜まっているのがぼんやりと見える。
一声で山を揺るがす脅威の力である。
ギムナックは、どこか朦朧としながらリュークの手を引いてソロウのところへ向かった。
なんだか、とても嫌な予感がする。
発狂ともいえる異常な悲鳴が上がった。
頭を抱えてしゃがみ込むミハルの悲鳴だった。
「お、おい……これって──」
言いかけたソロウも、ギムナックも口を閉じて反射的に伏せた。リュークもギムナックにのし掛かられる形で伏せた。
アイスドラゴンよりもずっと大きな気配が前触れもなく突然──あるいは目にも留まらぬ稲妻の速さで現れたのである。
ミハルの耐え難い記憶に刻まれたそれこそは、大陸最西端の街アルベルムの冒険者ギルド会館を破壊し、菓子とエールの街テルミリアより西の森にあったオークキングの要塞を跡形もなく消し去り、純白の竜ナナイとの激戦の後は、リューク少年の放り投げた泥団子によって空の彼方まで吹き飛ばされていったきりとなっていた黒き巨竜〈イオ〉の気配に違いなかった。
──黒いドラゴンが現れる前、中腹で待機していたグランツは、にわかに灰色の濃くなる空を見上げていた。後方の天幕の前にこしらえた焚き火の近くでは、レオハルトが大型犬程度の大きさになった魔狼リンの体にブラシをかけている。
「リン、毛並みは常に整えておかなくてはなりません。そして、周りに大人がいないときには、あなたがリュークの髪をこうして梳かしてあげるのですよ」
どうして、とリンは尋ねたかったが、鋭い犬歯を持つ口から出たのはげっぷのような面白い音だけだった。にも関わらず、レオハルトにはリンの言いたいことが伝わったらしい。
レオハルトは、いつもより少し柔らかい表情で「それは、あなたたちが人の社会の中にいるからです」と言った。
「例えば、どうせ食べるなら美味しくないご飯よりも美味しいご飯の方が良いでしょう? 人から見れば、身なりは汚いより綺麗な方が良いのです。リュークのためを思うなら、人にとって良いものを選びなさい」
(ご飯は、美味しいのも美味しくないのも全部食べる。おなか、すいた)
リンは心の中で呟いたが、今度は伝わらなかったようだった。
レオハルトは完璧に整ったリンの毛艶に満足し、ブラシに絡まった手玉を一つにまとめて焚き火の中へ放り込んだ。毛に含まれるリンの魔力によって大きな火柱が上がった。冷静な男レオハルトは一寸動きを止めただけですぐにブラシを仕舞いに天幕の中へと姿を消した。
黒いドラゴンが現れたのは、その直後のことであった。
グランツは、弾かれたように立ち上がって山を駆け上がった。というより、一直線に山壁を驀進したといった方が近い。
無論、レオハルトに後を追うことは出来ない。
利口なリンは、自分で鞍を咥えてきてレオハルトに差し出した。意外であった。てっきりリンも飛び出していくものと思っていたレオハルトは、リンの頭を撫で、手早く焚き火を消して鞍を支度すると、リンに跨って山頂方面を目指した。
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