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氷竜駆逐作戦(78〜)
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しおりを挟む動揺という点では、言うまでもなく冒険者たちの方が余程酷い状態にあった。
ミハルはリュークを迎えに行こうと立ち上がるも、足を絡ませて無様に転び泥だらけになっているし、ギムナックは何かに取り憑かれたように岩に頭を打ち付けて神にあれこれ懇願している。ヴンダーは大人しく泡を吹いて倒れていて、ソロウは放心状態で取り留めなく呟きながら、それでも他の三人を何とかまとめようと右往左往している。
レオハルトは呆れながらリンとグランツを地面に置くと、ミハルのもとへ駆けていくリュークを見送って近くにあった岩に腰掛けた。
辺りを覆っていた雪は、今となってはすっかり消え失せている。雪山の面影といえば、たまに転がっている頑丈な氷の塊と風の冷たさだけだ。それも明日になれば全てなくなり、夏の温度を思い出したテヌート伯爵領では雪解けの水に浸かった街の復興が始まるだろう。
一件は落着。過程と結末はどうであれ、ようやく王都へ向かう事ができる。
リュークは、泥だらけになって可哀想なミハルを助け起こし、ミハルに抱きつかれている。レオハルトはその光景に改めて安堵し、続いて、砂浜に打ち上げられただらしない海藻のようになって起きる気配のないグランツとリンを見下ろす。
ドラゴン二体と魔狼といっしょになって暴れるのは、さすがの辺境伯といえど疲れるらしい。グランツがあれほど狂ったように暴れまわったのは、二歳の頃に陥ったイヤイヤ期以来だろう。勿論、レオハルトはまだ生まれてもいない時分の事である。アルベルム城の執事長がたまに涙を浮かべて語るので知っているだけのことだ。そのイヤイヤ期のせいで、城の半分を修繕する羽目になったという度し難い話である。
リンもぐっすりと眠っている。下山を急ぎたいところだが、この二人を背負って降りるのはさすがに骨だ。三十分もして落ち着いてきたソロウと相談した結果、ここで一泊し、早朝から下山するのが無難だろうということになった。
「アイスドラゴンとイオは戻って来ないよな」
竈の近くへ小さな倒木を置いて腰掛けるソロウが、ついに我慢していたことを不安げに尋ねると、隣に座るリュークは「もう来ないよ」と断言した。
「アイスドラゴンは、宝玉がないと嫌なんだ。イオは、ずっと向こうにいるよ」
「宝玉はイオに食われちまったじゃねえか。アイスドラゴンは、これからどうするんだ?」
「宝玉を探すよ」
「うん?」
ソロウは出かかった声を喉の奥へ戻しながら、レオハルトへスープ皿を渡した。ミハルが心労で寝込んでしまったので、今夜はレオハルトとソロウがご飯係なのだ。リュークは、それを側で見ている係に任命されている。何故なら、ギムナックとヴンダーは未だ意識が定かでなく、グランツとリンも目を覚ましていないからだ。
レオハルトは、肉のスープをたっぷりと皿に注いだ。塩と胡椒に、牛の骨と脂と野菜とを煮詰めて小麦粉を加えた深い褐色のソースの濃厚な旨味が合わさり、さらに香草が入っているので肉の臭みはなく、高級感のある味に仕上がっている。また、肉は部位ごとに綺麗に解体してあり、よく筋を切って叩いているのでとても柔らかい。
この肉、すぐそこでとれた〈ヘンタウロス〉という動物の肉である。ヘンタウロスは、通常は密林の奥深くに生息する動物だが、何故か高地に氷漬けの状態で転がっていた。此処に居た理由はさておき、保存状態が良好であったため食糧としたしだいである。
ヘンタウロスの見た目は名前からも想像できる通り、〈ケンタウロス〉という魔物に酷似している。つまり、体は馬で首から上は人間の上半身にそっくりな半人半馬の恰好となっている。どちらも人語は喋らない。若干異なる部分といえば、ケンタウロスがいかにも男らしい髭を蓄えているのに対し、ヘンタウロスはすべすべの美男子面をしていることくらいだろうか。ミハルが見れば叫び散らかして調理を拒否するに違いなかったが、幸いミハルは現在まで寝袋に収まったまま。こんなところで一級品の食材にありつけるとは、と喜ぶレオハルトは、人並みの倫理観でもってリュークには解体場面を見せなかった。
さて、このヘンタウロスのスープを三人で食べ始めたとき、レオハルトが何気なく話を再開させた。
「アイスドラゴンの宝玉は、他にもあるのですか? 例えば、他のアイスドラゴンの宝玉を奪ったりするのでしょうか」
「他のドラゴンの宝玉は嫌いだよ」
リュークは言ったあと、小さめのスプーンにようやく乗るほどの大きな肉を美味しそうに頬張った。ソロウは興味を持って問答に耳を傾けている。
「しかし、あのアイスドラゴンの宝玉はイオが食べてしまって無くなったでしょう。だから、新しいものが必要なのでは?」
「なくなって、ないよ」
「……というと、まさか……」
「ウ◯コになって出てくるよ」
ソロウとレオハルトは、とろみのある茶色いスープを見つめたまま、持ち上げようとしていたスプーンをそっと下ろした。
雲が逃げ出した夜空で、いつの間にか大粒の星々が煌めいていた。
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