西からきた少年について

ねころびた

文字の大きさ
95 / 199
氷竜駆逐作戦(78〜)

94

しおりを挟む

 動揺という点では、言うまでもなく冒険者たちの方が余程酷い状態にあった。
 ミハルはリュークを迎えに行こうと立ち上がるも、足を絡ませて無様に転び泥だらけになっているし、ギムナックは何かに取り憑かれたように岩に頭を打ち付けて神にあれこれ懇願している。ヴンダーは大人しく泡を吹いて倒れていて、ソロウは放心状態で取り留めなく呟きながら、それでも他の三人を何とかまとめようと右往左往している。

 レオハルトは呆れながらリンとグランツを地面に置くと、ミハルのもとへ駆けていくリュークを見送って近くにあった岩に腰掛けた。

 辺りを覆っていた雪は、今となってはすっかり消え失せている。雪山の面影といえば、たまに転がっている頑丈な氷の塊と風の冷たさだけだ。それも明日になれば全てなくなり、夏の温度を思い出したテヌート伯爵領では雪解けの水に浸かった街の復興が始まるだろう。
 一件は落着。過程と結末はどうであれ、ようやく王都へ向かう事ができる。
 
 リュークは、泥だらけになって可哀想なミハルを助け起こし、ミハルに抱きつかれている。レオハルトはその光景に改めて安堵し、続いて、砂浜に打ち上げられた海藻のようになって起きる気配のないグランツとリンを見下ろす。

 ドラゴン二体と魔狼といっしょになって暴れるのは、さすがの辺境伯といえど疲れるらしい。グランツがあれほど狂ったように暴れまわったのは、二歳の頃に陥ったイヤイヤ期以来だろう。勿論、レオハルトはまだ生まれてもいない時分の事である。アルベルム城の執事長がたまに涙を浮かべて語るので知っているだけのことだ。そのイヤイヤ期のせいで、城の半分を修繕する羽目になったという度し難い話である。

 リンもぐっすりと眠っている。下山を急ぎたいところだが、この二人を背負って降りるのはさすがに骨だ。三十分もして落ち着いてきたソロウと相談した結果、ここで一泊し、早朝から下山するのが無難だろうということになった。






「アイスドラゴンとイオは戻って来ないよな」

 かまどの近くへ小さな倒木を置いて腰掛けるソロウが、ついに我慢していたことを不安げに尋ねると、隣に座るリュークは「もう来ないよ」と断言した。

「アイスドラゴンは、宝玉がないと嫌なんだ。イオは、ずっと向こうにいるよ」

「宝玉はイオに食われちまったじゃねえか。アイスドラゴンは、これからどうするんだ?」

「宝玉を探すよ」

「うん?」

 ソロウは出かかった声を喉の奥へ戻しながら、レオハルトへスープ皿を渡した。ミハルが心労で寝込んでしまったので、今夜はレオハルトとソロウがご飯係なのだ。リュークは、それを側で見ている係に任命されている。何故なら、ギムナックとヴンダーは未だ意識が定かでなく、グランツとリンも目を覚ましていないからだ。

 レオハルトは、肉のスープをたっぷりと皿に注いだ。塩と胡椒に、牛の骨と脂と野菜とを煮詰めて小麦粉を加えた深い褐色のソースの濃厚な旨味が合わさり、さらに香草が入っているので肉の臭みはなく、高級感のある味に仕上がっている。また、肉は部位ごとに綺麗に解体してあり、よく筋を切って叩いているのでとても柔らかい。

 この肉、すぐそこでとれた〈ヘンタウロス〉というの肉である。ヘンタウロスは、通常は密林の奥深くに生息する動物だが、何故か高地に氷漬けの状態で転がっていた。此処に居た理由はさておき、保存状態が良好であったため食糧としたしだいである。

 ヘンタウロスの見た目は名前からも想像できる通り、〈ケンタウロス〉という魔物に酷似している。つまり、体は馬で首から上は人間の上半身にそっくりな半人半馬の恰好となっている。どちらも人語は喋らない。若干異なる部分といえば、ケンタウロスがいかにも男らしい髭を蓄えているのに対し、ヘンタウロスはすべすべの美男子面をしていることくらいだろうか。ミハルが見れば叫び散らかして調理を拒否するに違いなかったが、幸いミハルは現在まで寝袋に収まったまま。こんなところで一級品の食材にありつけるとは、と喜ぶレオハルトは、人並みの倫理観でもってリュークには解体場面を見せなかった。

 さて、このヘンタウロスのスープを三人で食べ始めたとき、レオハルトが何気なく話を再開させた。

「アイスドラゴンの宝玉は、他にもあるのですか? 例えば、他のアイスドラゴンの宝玉を奪ったりするのでしょうか」

「他のドラゴンの宝玉は嫌いだよ」

 リュークは言ったあと、小さめのスプーンにようやく乗るほどの大きな肉を美味しそうに頬張った。ソロウは興味を持って問答に耳を傾けている。

「しかし、あのアイスドラゴンの宝玉はイオが食べてしまって無くなったでしょう。だから、新しいものが必要なのでは?」

「なくなって、ないよ」

「……というと、まさか……」

「ウ◯コになって出てくるよ」

 ソロウとレオハルトは、とろみのある茶色いスープを見つめたまま、持ち上げようとしていたスプーンをそっと下ろした。

 雲が逃げ出した夜空で、いつの間にか大粒の星々が煌めいていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔法筆職人の俺が居なくなったら、お前ら魔法使えないけど良いんだよな?!

川井田ナツナ
ファンタジー
俺は慈悲深い人間だ。 だから、魔法の『ま』の字も理解していない住民たちに俺の作った魔法筆を使わせてあげていた。 だが、国の総意は『国家転覆罪で国外追放』だとよ。 馬鹿だとは思っていたが、俺の想像を絶する馬鹿だったとはな……。 俺が居なくなったら、お前ら魔法使えなくて生活困るだろうけど良いってことだよな??

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)

みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。 在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

俺、何しに異世界に来たんだっけ?

右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」 主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。 気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。 「あなたに、お願いがあります。どうか…」 そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。 「やべ…失敗した。」 女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!

処理中です...