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氷竜駆逐作戦(78〜)
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しおりを挟むえっ、と驚いたヴンダーは馬から落ちそうになりながら、すぐ後ろに居る馬上のミハルを振り向いた。
「じゃあ、そもそも本当にアイスドラゴンを殺すつもりがなかったんですか?」
「そうよ。『リュークのバッグに仕舞って、後日雪山に放す』って作戦説明したじゃない。ヴンダーったら、ちっとも信じてなかったのね」
「信じられる訳ないじゃないですか! それに、僕はリンちゃんに背負われ、ソロウに背負われ、酔い通しだったんですよ。肉体も精神もボロボロの僕に説明するなら、ちょっとは信じられる説明をしてほしかったですね!」
ヴンダーの体調は、このように馬に乗りながら軽口を叩ける程度には回復している。後は呪いのせいで魔力を失ったこと等による精神の衰弱に関してだが、これもこのような感じで問題はあまりなさそうである。
一昨日アイスドラゴンを追い払ったばかりだというのに、テヌート伯爵領は早くもすっかり気温を取り戻した。それどころか、あれほど豊かだった緑の多くが失われているので余計に暑さが増している。しかも、あちこちに草木や動物の死骸が腐り始めた気配が漂っている。
見送りに来ると言ったテヌート伯爵を半ば力ずくでオローマに押し留めたのは正解だった。賢明な彼は、今ごろ飛ぶように働いていることだろう。
ミハルは白のローブの首元をパタパタと扇いで溜め息を吐いた。
「ヴンダー、この世は信じられないことだらけなのよ。迷宮に潜っていたあなたなら、よく知っているでしょう」
「ええ、ええ。よ~く知っていますとも。それでもねえ、生物を殺さないマジックバックなんて見たことも聞いたこともありませんでしたし、いっそ世界にどんな不思議があったとしてもマジックバッグの中で生物が生きられることだけは絶対に無いとすら思っていたんですよ。
しかも、しかも! あの巨大なアイスドラゴンを収納できるだなんて、誰が信じられるもんですか。まあ、機能については生きたスライムが出てきた事実があるから信じますけど? 容量に関してはどうせ誇張で、実際はアイスドラゴンの頭だけ入れて動きを封じよう的な作戦だったんでしょ?」
「はあ……」
ミハルはもう一度大きく溜め息を吐いて青すぎるほど青い空を見上げる。
(この様子じゃ、もっと巨大な黒いドラゴンと、もう一匹ドラゴンが入ってたって言っても絶対に信じないわね)
ふと周りを見ると、ソロウやギムナックだけでなく兵士たちも笑いをこらえているようだった。
今更ながら、全員無事で良かったと感慨に耽るミハル。それから、もしもリュークが居なかったらと考えただけで恐ろしくなり、続けてリュークが居なければここへ来ることもなかったと考えてさらに恐ろしくなった。
珍しく御者を務めるレオハルトも今まさにそのようなことを考えていた。率いる馬車の中では、グランツとリン、リュークがぐっすりと眠っている。リュークは旅の中でも殆ど眠らないが、今日は特別のようである。
(これも神の御心だというのだろうか)
ギムナックはそう言って譲らなかった。「全ては神の思し召しで、我らは神の意思の執行者として偶然に選ばれ働いただけのこと。まさしく神は偉大なり」と涙したギムナックに、テヌート城に居た神官や信心深い老人らは感涙に咽ばずにはいられなかったという。
しかし、だとすれば王が救援を寄越さなかったのはどういう理由であろうか。国に混乱を招くことが神の意思だとは思えないが。あまつさえ、アルベルム辺境伯の地位を向上させたいなどと神が画策するはずもない。何せ、グランツは堂々として「神とは肉体に宿りし力、力とは神」なる訳の分からぬ言い分をそこら中に吐き散らかすような男である。
それとも、神はそれ程までに暇を持て余しているとでもいうのか?
「あーあ、僕の魔力が戻ったらなあ」
もう強がりも弱りもしないヴンダーの正直な声が、レオハルトの意識を引き戻した。
この先の侯爵領まではまだ遠い。
向こうの景色が大きく揺らめいている。
いつも美しかった街道が泥に汚れている。兵士たちの金属の鎧が焼けるような日差しと、地面から無限に昇る湿気が蒸して、馬が苦しげな呼吸をしている。
つい眩しさに眉を寄せたレオハルトは、不要な思考を振り払うかのようにしっかりと手綱を握り直した。
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