98 / 199
氷竜駆逐作戦(78〜)
97
しおりを挟むえっ、と驚いたヴンダーは馬から落ちそうになりながら、すぐ後ろに居る馬上のミハルを振り向いた。
「じゃあ、そもそも本当にアイスドラゴンを殺すつもりがなかったんですか?」
「そうよ。『リュークのバッグに仕舞って、後日雪山に放す』って作戦説明したじゃない。ヴンダーったら、ちっとも信じてなかったのね」
「信じられる訳ないじゃないですか! それに、僕はリンちゃんに背負われ、ソロウに背負われ、酔い通しだったんですよ。肉体も精神もボロボロの僕に説明するなら、ちょっとは信じられる説明をしてほしかったですね!」
ヴンダーの体調は、このように馬に乗りながら軽口を叩ける程度には回復している。後は呪いのせいで魔力を失ったこと等による精神の衰弱に関してだが、これもこのような感じで問題はあまりなさそうである。
一昨日アイスドラゴンを追い払ったばかりだというのに、テヌート伯爵領は早くもすっかり気温を取り戻した。それどころか、あれほど豊かだった緑の多くが失われているので余計に暑さが増している。しかも、あちこちに草木や動物の死骸が腐り始めた気配が漂っている。
見送りに来ると言ったテヌート伯爵を半ば力ずくでオローマに押し留めたのは正解だった。賢明な彼は、今ごろ飛ぶように働いていることだろう。
ミハルは白のローブの首元をパタパタと扇いで溜め息を吐いた。
「ヴンダー、この世は信じられないことだらけなのよ。迷宮に潜っていたあなたなら、よく知っているでしょう」
「ええ、ええ。よ~く知っていますとも。それでもねえ、生物を殺さないマジックバックなんて見たことも聞いたこともありませんでしたし、いっそ世界にどんな不思議があったとしてもマジックバッグの中で生物が生きられることだけは絶対に無いとすら思っていたんですよ。
しかも、しかも! あの巨大なアイスドラゴンを収納できるだなんて、誰が信じられるもんですか。まあ、機能については生きたスライムが出てきた事実があるから信じますけど? 容量に関してはどうせ誇張で、実際はアイスドラゴンの頭だけ入れて動きを封じよう的な作戦だったんでしょ?」
「はあ……」
ミハルはもう一度大きく溜め息を吐いて青すぎるほど青い空を見上げる。
(この様子じゃ、もっと巨大な黒いドラゴンと、もう一匹ドラゴンが入ってたって言っても絶対に信じないわね)
ふと周りを見ると、ソロウやギムナックだけでなく兵士たちも笑いをこらえているようだった。
今更ながら、全員無事で良かったと感慨に耽るミハル。それから、もしもリュークが居なかったらと考えただけで恐ろしくなり、続けてリュークが居なければここへ来ることもなかったと考えてさらに恐ろしくなった。
珍しく御者を務めるレオハルトも今まさにそのようなことを考えていた。率いる馬車の中では、グランツとリン、リュークがぐっすりと眠っている。リュークは旅の中でも殆ど眠らないが、今日は特別のようである。
(これも神の御心だというのだろうか)
ギムナックはそう言って譲らなかった。「全ては神の思し召しで、我らは神の意思の執行者として偶然に選ばれ働いただけのこと。まさしく神は偉大なり」と涙したギムナックに、テヌート城に居た神官や信心深い老人らは感涙に咽ばずにはいられなかったという。
しかし、だとすれば王が救援を寄越さなかったのはどういう理由であろうか。国に混乱を招くことが神の意思だとは思えないが。あまつさえ、アルベルム辺境伯の地位を向上させたいなどと神が画策するはずもない。何せ、グランツは堂々として「神とは肉体に宿りし力、力とは神」なる訳の分からぬ言い分をそこら中に吐き散らかすような男である。
それとも、神はそれ程までに暇を持て余しているとでもいうのか?
「あーあ、僕の魔力が戻ったらなあ」
もう強がりも弱りもしないヴンダーの正直な声が、レオハルトの意識を引き戻した。
この先の侯爵領まではまだ遠い。
向こうの景色が大きく揺らめいている。
いつも美しかった街道が泥に汚れている。兵士たちの金属の鎧が焼けるような日差しと、地面から無限に昇る湿気が蒸して、馬が苦しげな呼吸をしている。
つい眩しさに眉を寄せたレオハルトは、不要な思考を振り払うかのようにしっかりと手綱を握り直した。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
魔法筆職人の俺が居なくなったら、お前ら魔法使えないけど良いんだよな?!
川井田ナツナ
ファンタジー
俺は慈悲深い人間だ。
だから、魔法の『ま』の字も理解していない住民たちに俺の作った魔法筆を使わせてあげていた。
だが、国の総意は『国家転覆罪で国外追放』だとよ。
馬鹿だとは思っていたが、俺の想像を絶する馬鹿だったとはな……。
俺が居なくなったら、お前ら魔法使えなくて生活困るだろうけど良いってことだよな??
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)
みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。
在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
俺、何しに異世界に来たんだっけ?
右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」
主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。
気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。
「あなたに、お願いがあります。どうか…」
そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。
「やべ…失敗した。」
女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる