西からきた少年について

ねころびた

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アーカス侯爵領(99〜)

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 リュークとリンは、起き上がろうともがくプーパと何やら思案しているらしいグランツを双子のように揃った動きで交互に見やり、そのあと顔を見合わせた。

 どうするべきか、と視線で相談している。

「リューク、リン。すまないが、悪魔が来たら逃げてくれるか」

 グランツがそう言ったので、リュークとリンはとりあえず頷いておいた。


 プーパは、まだ起き上がれない。細い手足を激しく動かしているが、肝心の手足それぞれに協調性がなく、上手く体を起こせないようだ。

「あはは、変なの」

 リュークが笑った。プーパの身長はギムナックより高いくらいだが、不思議な造形と動き方のせいで大きくは見えず、滑稽で面白い。

「危ないから離れていなさい。……それで、悪魔はどこに居るだろうか」


「ははは、後ろ」


 グランツは、振り向いた。


 目の前を何かが飛び上がったのが見えた。


「逃げろ!」

 叫ぶと同時に鮮血が噴き、耐え難い痛みがグランツを襲った。当然に鋭い目で敵を探すが、何故か見当たらない。グランツは反射的に大きく飛び下がり、着ているシャツを躊躇うことなく引きちぎると、器用に口と左手を使って手早く肘から下を失った右腕を縛った。

「何してる、早く逃げろ!」

 ぼうっと立ったままのリュークと身構えるリンに向かって、もう一度吠えるように叫んだグランツは、すぐ足元で切り落とされた右手が握っていた剣を取り上げた。
 これまで感じたことのない恐怖が彼の頭を支配していた。あの黒い巨大なドラゴンでさえ、これほどの恐怖はもたらさなかった。
 どこにいる、と気を張り詰めたまま周囲を見回すが、妙である。

 グランツの腕を切り落とした悪魔の姿が、どこにも無いのだ。


 キョロキョロと狂ったように視線をやるグランツを見て、リュークはようやく目を丸くして驚いた。まさか、の腕が落とされるとは思ってもみなかった。

「かっか、腕」

「それどころじゃないぞ、リューク。なんだかよく分からんが、悪魔がどこかへ隠れたようだ。君は結界は張れるのか?」

「結界?」

「防御結界だ。ミハルが張っているのを見たことがあるだろう」

「あるよ」

「あれと同じ魔法は使えたりするのか?」

「ミハルの魔法?」

「そうだ、あの黄色く光るやつだ」

「黄色の」

「うむ。それか、似たようなものでも良いんだが……ええと……例えば……そう……ふっ」

 グランツは、こんなにも緊迫した空気の中で、こんなにも悠長に会話していることが急に可笑しく思えて、つい笑ってしまった。
 さらにリュークが可愛らしく首を傾げるところが横目に入り、それがもっと可笑しくて、笑いが止まらなくなってしまう。

 笑うたびに血が滴り落ちて、河原の石を濡らしている。

「おかしいね、かっか」

「ふはは、はは、うははは、ほほほ」

 笑い茸でも食べたかのような笑い方である。リンが心配そうに鼻を鳴らした。悪魔はまだ姿を現さない。
 危機の最中を自覚しつつ笑いの治まらないグランツだったが、ようやっと切れ切れに「結界」と単語を発したので、リュークはニコニコしながら「わかった」と言って、適当に結界を張ってやった。

 これがまたとんでもなく頑丈な防御結界で、爆笑さめやらぬうちから大人の嗜みとしてリュークを褒めてやろうとしたグランツが、左手で涙を拭いながらふと結界の向こうへ目をやったときのこと。

 隙を狙っていたのか、少し離れた岩の影から光の速さで突進してきた長い黒髪の悪魔は、頑丈な結界にぶつかって盛大に弾き飛ばされ、遥か一キロメートル先の岩壁に無様にめり込んだのだった。

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