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アーカス侯爵領(99〜)
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しおりを挟むリュークは、まるで悪魔など気にも留めていない様子で木の枝を革袋に収めて、河原に転がっているグランツの右腕を持ち上げようとした。が、重い。大人の腕とは重いものなのだ。とりわけ、無駄に筋肉の付いた腕は重い上に太くて持ちにくい。
気合と腰を入れて両手で抱き上げると、断面から血が流れ落ちて黒い外套の胸を濡らした。
プーパは、未だ近くでじたばたしている。
「かっか、腕くっつく?」
痛みよりも呆気にとられて遠い岩壁を見つめていたグランツは、太ももに押し付けるようにして渡された自身の腕を見て、瞬時に焼けるような激痛を思い出した。
欠けた剣を放り出し、膝をついて痛みに悶えるグランツ。さすがに腕を切断した痛みは、いかに鈍感なグランツでも我慢し難い。
シャツで縛っていたところをさらに強く握り込みながら歯を食いしばるグランツを励まそうと、リンが筋骨隆々の貴族の背中を大きな舌で舐め回す。プーパに打たれた背中はあちこち小さく裂けていて痛々しいが、リンは舐めて治す派なので気にしない。
リュークが心配そうに声を掛ける。
「かっか、腕くっつける?」
夥しい量の汗を流すグランツは、なんとか意識を保って右腕を肘下に押し付けようと試みる。しかし、改めて見てみると腕の断面は焦がしてすり潰されたようで損傷が重く、とても再接着が望める状態ではない。
上級回復薬でもこの傷は治せない。グランツは痛みに震えながら息を整えるために何度か深呼吸を繰り返し、「腕は、諦める」と早い決断をした。
「リューク、悪いが『救急セット』を出してくれないか。それと、悪魔が動きそうなら教えてくれ」
「プーパはね」リュークは、グランツの言葉を聞いていないように話した。「こねると良いんだ」
「リューク少年?」
「プーパでくっつくよ」
奇抜なことを聞いたような気がしたグランツは、あまりの激痛による幻聴だろうかと耳を疑う。
「こうやって」
グランツに背を向けて近くにしゃがんだリュークは、そこでのたうち回っているプーパの腹のあたりに、おもむろに、そして容赦無く両手を突っ込んだ。
「こうやってやるんだ」
言うと、リュークはひたすらプーパを捏ね始めた。
静かに、無心になって取り組む小さな背中には、どこか洗練された匠の感が漂っている。プーパはずっと狂ったように鞭や木の根のような手足を振り回して暴れているが、不思議なことにリュークには全く掠りもしないので、それがまた超人の技の如く匠の姿を神秘的に魅せている。
リンに頭まで舐め回されるグランツは、喫驚して言葉を失っている。
岩壁にめり込んだままの悪魔が動く気配は無い。
──それから五分が経った。プーパは、三分を過ぎたあたりから余り動かなくなった。時々思い出したかのように腕の先端を回すくらいで、さっきまでの攻撃的な動作はすっかり失われている。
「壊れたら、プーパで直すんだ」
淡々と言ったリュークの手には、黒黒としたプーパの泥がたっぷり乗っかっている。心做しか、その泥が脈打っているように見える。河原に横たわったままのプーパの余りは、いかにもただの泥の塊にしか見えない。
(ああ……これは、レオハルトに叱られるな……)
リンの唾液でぐっしょりと髪を濡らしたグランツは、遠のいていく意識の中で全てを少年の手に委ねる他なかった。
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