西からきた少年について

ねころびた

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無限の迷宮(110〜)

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 リュークは、グランツに水切りの遊びを教わったことや、階層に光る鉱石が沢山生えていたこと、リンが川遊びをしていたこと、悪魔の人形プーパが現れたこと、悪魔が現れたこと、悪魔に斬り落とされたグランツの腕をプーパでくっつけたことなどを全て話した。

 グランツの右腕には、腕に巻いたように、或いは民族の入墨のように一本の黒い線が入っている。一目見たときからこれは何だと疑問に思っていたレオハルトは、未だプーパがどうのといった部分に関しては理解していなかったが、一先ずこれが怪我の跡であることと、グランツが悪魔と肉薄した事実だけでも明らかになったので良しとした。

「腕は、このままで大丈夫なのですか?」

「大丈夫なの?」

 リュークに尋ねて、尋ね返されて。それも最早慣れ親しんだ応酬で、再会の実感が湧くほどに微笑ましいものだとレオハルトは思う。

「腐ったりはしませんか?」

「腐らないよ」

「では問題ありませんね。リューク、私たちは今から出口を探します。まずは一つ階段を降りて、地下五階層で次の階段を探さなければなりません。リュークはここの何階層まで降りたか覚えていますか?」

「うん。一、二、三……八……三……」

 指折り数えて数往復。

「……三階層」

 結局、三階層なのである。レオハルトは唖然としつつ、落ち着いたら数の数え方を教え直そうと決心したのだった。


 無事に再会を果たした一行が出口探しを始める前に、リュークの革袋に預けていた荷物の確認をしなければならなかった。

 しかして、その確認をしてみたところで結果はあまり望ましいものではなかった。

 まず、案の定〈チョイワライダケ〉は完食されており、一つたりとも、欠片すら残っていない。

「……でも、逆に良かったのかも知れないわ。チョイワライダケは、痛覚を鈍くする効果もあるの。普通、腕を切断なんてされたら痛みに耐えられないでしょう。ただ、他の神経も鈍くなるから、そのせいで悪魔の攻撃を避けられなかった可能性もあるわけだけど」

 続けて見ていくと、肉類が全て綺麗に消えていることが分かった。おそらくはリンが全て食べてしまったのだろう、と溌剌としているリンを見て大人たちとフルルは思った。ご明察である。
 あとは、意外なことに薬品類は殆ど揃っていた。水瓶の水も無事だった。リューク曰く、度々水場があったので水瓶に頼ることはなかったという。
 寧ろ、「川を入れた」とのこと。

 それには触れるなと言ったソロウの忠告を真に受けずに「川を入れたってどういうことだい」と聞いてしまった迂闊な若い兵士のせいで、一行は全員が革袋から溢れ出た怒涛の水流によって単なる排水口と化した階段より地下五階層へと押し流され、さらにそのままの勢いで六階層、七階層まで流れ落ちてしまった。




 おかげでリンの唾液まみれだったフルルも、血まみれだったギムナックも、汗と涙と鼻水と吐瀉物まみれだったヴンダーも綺麗になった。





「……とまあ、こうなるんで、次から気を付けてくれると助かる」

 こめかみを叩いて耳に入った水を出しながらソロウが言うと、若い兵士は鎧の隙間から水を抜きつつ反省しきりの声で「すみませんでした」と詫びた。直後、リンが思い切り体を振ったので、豪雨のような飛沫がソロウたちを襲った。

「いや、それでも結果だけ見れば悪くはないぞ」と、若者の失敗を特に気にした風でもなく周囲を一通り見回したギムナックが言った。この階層も地下一階層から変わらず石造りの迷路で、松明が辺りを照らしているだけの味気無い景色が続いているようだ。

「階段を、たぶん三回通ったか? 地下を目指している訳じゃないが、階層主フロアボスを倒すという手も無い訳じゃない」

「そうだな。転移陣が現れるかは賭けだが、やってみる価値はある」

 迷宮の階層主を倒すと、稀に〈転移陣〉と呼ばれる転移魔法の罠が発現することがある。これに触れると、問答無用で迷宮入口に飛ばされるという大変便利な仕掛けである。

 ただし、可能性はかなり低い。何故と言えば、ただでさえ転移陣が発現することは珍しく、こと無限の迷宮においては階層主の存在が報告された例すら一つも無いからだ。

「でも、リュークは川や森がある階層に行ったのよね?」

 ミハルがリュークを着替えさせながら尋ねると、リュークは襟から懸命に顔を出したところで頷いた。

「石もいっぱいあったよ。あと、花が咲いてるところと、虹が飛んでて雲が触れるところもあったよ」

「まあ! お伽噺みたいね!」

 リュークと居ると、ミハルの能天気が顔を出すようである。ソロウとギムナックが不気味なものを見る目でミハルを見下ろすと、ミハルは気まずげに咳ばらいして「それじゃあ」と話を再開する。

「ここは無限の迷宮じゃないかも知れないのね。だって、同じような構造が連続するわけじゃないみたいだから」

「ええ」と、きっちり自分とグランツの身だしなみを整えたレオハルトが近くへやって来て、「とにかく、リュークたちが行った場所に」というところまで言って、一旦言葉を切った。

 それから、リュークとリンを順番に見て、「そういえば」と切り出す。

「悪魔の話をちゃんと聞いていませんでしたね。グランツ様の腕を斬り落とした悪魔は、その後どうなったのですか?」

「持ってきたよ」



 悲鳴をあげるべきか、先に身構えるべきか、革袋を回収すべきか。さて、どうするのが正解であろうか。

 




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