西からきた少年について

ねころびた

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無限の迷宮(110〜)

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 その気配が誰のものかは、とても分かり易かった。
 遠くから段々と近付いてくる大型犬のような鳴き声は、犬語を解しない人であっても理解できるほど嬉し喜びの感情で溢れていて、足音はとにかく急ぎながら、それも踊るように軽やかに、ただし階層中に響き渡る程度には荒々しくこちらを目指している。

 フルルは、目に溜まった涙を袖で拭った。ようやく、ようやく会うことができる。ここまで来るのにどれだけの苦労をしたことか。

「リン……会いたかった──って、デカ過ぎ! うっ!」

 ついに曲がり角から現れた馬より大きい銀色の魔狼が、再会の挨拶を吐く間すら与えずフルルに襲い掛かった。その背には、黒の外套に身を包んだ少年の姿がある。不安や恐怖など微塵も知らないような黒の瞳が、一寸怖いくらい爛々として大人たちを見下ろした。

「ああっ、リューク!」

 ミハルが叫んだ。リュークは激しく揺れるリンの背中からずり落ち、慌てて飛び出したソロウとギムナックに受け止められた。

「リューク! 無事だったか!」

 冒険者も、兵士も、レオハルトも、元天才魔法使いも、みんな口々にリュークとリンの無事を喜び生還を讃えた。

「怪我はないか? 大丈夫なのか? 変なやつに襲われなかったか?」

 心配しきりのギムナックに、リュークは笑顔を見せて「うん」と答えた。以前と何も変わらない素直な少年の声である。

 フルルはリンに舐められてデロデロになっている。床まですっかり唾液まみれだ。リンはまだ騒ぎ足りない様子で、尻尾が竜巻を起こすほど勢い良く振られている。

「リューク、リューク、本当に無事で良かった。あなた、どこまで行っていたの? ちゃんとご飯は食べてた? 道に迷って怖い思いをしたんじゃない? あっ、そういえば閣下は?」

 ミハルの矢継ぎ早な質問に、リュークは答えられない。あの、あの、と繰り返す少年の頭を、ソロウが気の抜けた笑みを浮かべて撫でた。

「急がなくていいさ。とりあえず、閣下は生きてるんだよな?」

「うん」

「それなら問題はないな。迷宮を動き回って疲れただろう。少し休むか」

「疲れてないよ。かっか、出す?」

「だ……」

 出す? と聞き返そうとしてやめたソロウは、ばっと後ろのレオハルトを振り向いた。レオハルトの顔が面白いほど引きつっている。まさか、まさか、そんな、やめて、と兵士たちが鎧の中で狼狽している。
 ミハルとギムナックは、既に声にならない悲鳴をあげている。

 リンはまだフルルを舐め続けている。フルルには最早抵抗する力も無い。


 リュークが革袋に手を突っ込んだ。


「ぎゃああぁー!!」 

「うわあああ!」

「いやああああ!?」

 この世の終わりでも目の当たりにしているかのような叫喚の嵐の中で、どぅるん、と革袋から滑らかにグランツ・フォン・ポールマン・アルベルム辺境伯が引きずり出された。

「うそ、やだ、生きてるの!? 死んでるの!?」

「グランツ様……!」

 レオハルトと兵士たちが倒れたままのグランツに駆け寄る。それから手分けして心音、脈拍、呼吸、眼球、前髪の生え際の様子などを調べて、やっと彼が生きていることを確認すると、一斉に腰を抜かしたように床へ尻もちをついたのだった。

 まだ安心は出来ない。意識が戻らなければ無事とは言えない。しかし、少なくとも身体は無事のように見える。その上、シャツこそ布切れか紐と言っても差し支えないほどズタボロであるが、なんとズボンはズボンの形状をしっかりと保っている。これはある種の快挙と言える。
 だというのに、この頑丈な辺境伯が気を失うような事態とは……。

「一体何が? 何かに襲われたのか? まさか、さっきの……?」

「ね、ねえ! さっき、誰かに会わなかった? 魔物と一緒の、怖い人を見なかった? それか、別の何か……もしかして階層主フロアボスとでも戦ったとか?」

 中年の兵士とヴンダーが堪らず質問を重ねた。すると、またしてもリュークが答えられないのを見て、今度はギムナックが助け舟を出す。

「質問は一つずつにしないと答えられない。リューク、俺たちはお前に聞きたいことが沢山あるんだ。ちょっとずつで構わないから教えてくれるか?」

「うん」

「じゃあ、まずは閣下が倒れた理由を教えてくれ」

「理由……?」

 リュークはぽかんと口を開けて考え始めた。瞬間、しまった、とギムナックは思った。まさか、ここで悩むのか。

「かっかは……」

 リュークの声に、皆が神経を集中する。フルルを前脚の間に置いて伏せたリンもリュークを見ている。

「かっかは、倒れたんだ」

 ふむ、と納得したように腕組みしたソロウは「そうだなあ、倒れたんだよなあ」と言って、「じゃあ、閣下は倒れる前に何をしていたんだ?」と質問の仕方を変えた。

 リュークに対しては、とにかく気長に尋ねることだ。急がば回れ、せいては事を仕損じる、まさにそれである。
 できればこんな問答よりも、もっと再会の感動を分かち合いたいところだが、現実は割と切迫した状況にある。知った出口が閉ざされ、これからはどれ程広い迷宮内のどこにあるかも分からない出口を探し回らなければならないのだ。のんびりしている暇はない。速やかに諸々の確認を終えて行動を開始しなければ。

「倒れる前? 石を投げると、飛び跳ねるんだ。かっかは大きいのをね──薄いのをね──」

 ──行動を開始しなければ。ソロウは思いながら、しかし焦るなと自身に言い聞かせた。
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