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無限の迷宮(110〜)
123 臆病な蜷局
しおりを挟む夕飯と仮眠を済ませた一行は、空っぽの部屋の片隅にあった階段を降りて、次なる部屋へと続く扉の前へ立った。
分厚い鉄製の扉には、禍々しい蛇形の装飾が施されている。後ろの方で怯えるフルルがヴンダーを見上げる。
「だ、大丈夫なの? ここって明らかに特別な部屋みたいだけど」
「ボス部屋だよねえ、どう見ても」
「えっ、でも結界なんか無かったって……」
既に齟齬が生じている。リュークは「通れた」と言っただけなのに、まるで結界が張られなかったので階層主の部屋ではないという理解に傾いている。
だが、その中にあってレオハルトだけは特別大きな引っかかりを覚えていた。彼の脳裏に過ったのは、テヌート領にてスパータ村からオローマにあるテヌート城へ向かう途中、進行方向からほんの数秒目を離した隙に突然現れたあの道のことだ。大量の積雪がごっそり消えて、オローマの外壁の門まで切り取ったかのような、不可解な現象のことである。
不可解過ぎて、レオハルト自身も寒さと疲労で幻覚を見たのかと疑う程の事件だった。或いはそれこそ神の御業か、妖精の気まぐれだったのではと思わずにいられない。
(もしも、あれが本当にリュークの仕業だとしたら、結界も消してしまえるのでは? それどころか、ダンジョンに穴を空けることすら可能なのではないのか……?)
想像は膨らみ、いや、しかしそんなはずは、と萎んで脇へ置かれる。もう何度となく繰り返された葛藤である。それでも、こうしてリュークを見てみると、やはりただの子どもとしか思えない。
「よし、開けるぞ」
身体能力強化のスキルを発動して淡く赤い光を帯びたソロウが門に手をかけた。かなりの力で押し開くと、足下に少量の水が滲み出した。
「うわ、沼地だ! 足元と罠にも気を付けろ!」
ソロウと同時に中を覗いたギムナックが大声で後続へ知らせる。それから一行は寝袋に押し込んだグランツをヴンダーへ預けると、他の面子で中へ突入してすぐさま部屋を見回した。
まるで石造りの迷宮とは全くの別の場所であるような自然環境が広がっている。壁だけは石壁のままだったが、沼の縁に生い茂る葦や壁を這う蔦のせいで、あまり人工的な感じはない。
広大な沼地の上に魔力の塊のような光の玉が点々と飛んでいて、奥の方では立派なマングローブが群生しているのが見える。沼地の魔物も居るのか、時々沼の表面に何かが跳ねる気配がある。出入口から正面に見えるもう一方の出入り口までは沼すれすれに掛けられた桟橋で繋がっており、他はたまに沼から突き出ている岩か、壁際の細い草地か、奥のマングローブくらいにしか足場がない。
縁が苔むした桟橋はところどころ濡れていたり水が溜まっていて、さっき扉を開けて染み出してきた水は、桟橋の端に溜まっていたちょっとした水気だった。
一行がフラフラと数歩進むと、背後で勢いよく扉が閉まった。
「見て、結界が……!」
ミハルが叫んだ。桟橋の端と端、二つの扉には緑がかった黄色の結界がかかっている。最後尾の兵士が剣で結界を斬りつけたが、とても破壊できるものではないと直感し、急いで周囲に目を凝らす。
「壊すのは無理だ! 蛇はどこに居る!」
魔狼リンがリュークを運ぶために黒い外套のフードを咥えてのっそりと立ち上がり、桟橋を歩いて行った。
蛇の姿はない。気配すら無い。ギムナックの索敵にもかからない。蛇は身を隠すのが上手い。魔力操作に長けた種類の魔物かもしれない。
「沼から出てくるかもしれないぞ。せめて蛇の種類が分かれば……」
ギムナックが鋭い視線を沼に走らせていると、フルルが、あっ、と声を上げた。
「〈イビルサーペント〉だ! あの変な木の向こうの暗がりに居る!」
「イビルサーペント!? サーペントの上位種じゃないか!」
「だ、だが、何故襲って来ないんだ? サーペントは獰猛な魔物のはずだぞ。本当にイビルサーペントなのか、フルル?」
兵士たちが動揺し、フルルに詰め寄った。
フルルは青ざめながらマングローブの奥地を見つめている。
「鑑定スキルで名前の他に『階層主』って出てる。普通はこんなに離れてたら見えないんだけど、フロアボスだから特別なんだ」
「やはり階層主でしたか」レオハルトが振り向いた。サーペントに攻撃的な気配が少しもないと察して、作戦会議を始めるのだった。ところが、「では、まずは──」と切り出して異変に気づく。
「……リュークはどこです?」
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