西からきた少年について

ねころびた

文字の大きさ
125 / 199
無限の迷宮(110〜)

124

しおりを挟む

 リュークの姿がない。沼に落ちていないかと焦って探すソロウが、桟橋にへばり付いて真下を覗き込もうとしたとき、遠くの方からリンの鳴き声が聞こえた。

 一同がそちらを見ると、リンはずっと向こうの扉の前で尻尾を振っている。リンの奥に、ソロウを真似したのか桟橋の端に手をかけて濁った水面を覗き込むリュークの姿がある。
 リンが落ち着きなくその場で回り始めた。

「おい、大変だ……やめろ、やめるんだ」

 兵士の一人が剣呑な声色で言い残し、駆け出した。さっきリンの毛を拭いてやっていた兵士だ。その兵士に誘われるようにして数名の兵士と冒険者たちも走る。

「なあ、どうしたんだ!」

 ソロウが声を張り上げると、兵士は「あんた、犬を飼ったことがないのか!」と焦燥のあまり怒号のように返した。

「早く止めないと!」

 兵士が桟橋の半ばへ差し掛かる前にリンが一瞬身を屈め、直後に高々と跳躍して沼へ飛び込んだ。盛大に飛沫が上がり、沼に潜んでいた無数の半魚人や魚が空中を舞って桟橋に打ち上げられる。絶望に立ち止まる兵士。

 半魚人の魔物〈サハギン〉が、魚類にあるまじきすらりとした二本足で次々と立ち上がり、これまた到底魚類らしからぬ長い腕と水かきを持った手で水草のこびり付いた三叉戟を構え始めた。サハギンの等級はC~B級。地上で相手する分にはさほど強い魔物でもないが、水中となればこれに勝てる冒険者は多くないという評価である。

 また、サハギンの周りで跳ね回っている魚の多くは、透明度の高い水色の長い体に龍の頭を持つ〈スイジンノツカイ〉という非常に珍しい種類で、未だ生きた個体の捕獲例は無く、もしここに熱心な魚類学者が居れば己の命を顧みずサハギンの待ち構えるところへ突っ込んでいったことだろう。

 今は幸い魚類学者を伴ってはいないので、一団はサハギンたちと幾らかの間隔を挟んで対峙することができた。

 問題はリューク少年がサハギン達の向こうに居ることだ。

「早く倒しましょう!」

 ミハルが杖を前に突き出して呪文を唱えた。空中に発生した三つの大きな火の玉がサハギンを襲う。サハギンたちは一斉に口から水を噴射して火の玉を打ち消した。悔しそうに奥歯を噛んで再び杖を掲げるミハル。駆け付けてきたレオハルトが隣に並び、助力を申し出た。ギムナックも弓で加勢する。

 火と風と矢の猛攻にサハギンはついに殆どが息絶え、残ったものも全て沼の中へ逃げていった。

「油断するなよ、サハギンは沼の中から槍を投げてくるぞ」

 ギムナックの言った通り、サハギンたちはすぐに水面から飛び上がって三叉戟を投げつけてきた。サハギンの戟は水底に沢山予備があるので、何度も潜っては武器を手にして攻撃してくる。
 兵士達がフルルと冒険者たちを庇うように出て、三叉戟を剣で叩き落としていく。桟橋付近の喧騒で遠くの魚も逃げ出したが、それでも階層の奥でしっかりとを巻いて傍観を続けるイビルサーペントに、大人たちとフルルはいよいよ不気味さを拭えない。


 そうこうする間に好きなだけ水泳を楽しんだリンが、ついでとばかりに全てのサハギンを簡単に追い払い、桟橋に飛び乗って体を震わせた。さっさと扉を開けて次の部屋へ行ってしまったリュークを除く全員が、またしてもびしょ濡れである。しかも、沼の嫌な匂いがする。ところどころには水草や藻も張り付いている。さらに彼女は近くに落ちているスイジンノツカイをさり気なく全て食べてしまった。それから元気良くゲップをして、また水を飛ばすために頭から太い尻尾の先まで体を震わせた。

「ああ……また洗って乾かさないと……」

 がっくりと肩を落とす兵士の背中に、年季の入った疲労が滲んで見えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔法筆職人の俺が居なくなったら、お前ら魔法使えないけど良いんだよな?!

川井田ナツナ
ファンタジー
俺は慈悲深い人間だ。 だから、魔法の『ま』の字も理解していない住民たちに俺の作った魔法筆を使わせてあげていた。 だが、国の総意は『国家転覆罪で国外追放』だとよ。 馬鹿だとは思っていたが、俺の想像を絶する馬鹿だったとはな……。 俺が居なくなったら、お前ら魔法使えなくて生活困るだろうけど良いってことだよな??

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)

みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。 在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

俺、何しに異世界に来たんだっけ?

右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」 主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。 気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。 「あなたに、お願いがあります。どうか…」 そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。 「やべ…失敗した。」 女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!

処理中です...