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無限の迷宮(110〜)
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しおりを挟むリュークの姿がない。沼に落ちていないかと焦って探すソロウが、桟橋にへばり付いて真下を覗き込もうとしたとき、遠くの方からリンの鳴き声が聞こえた。
一同がそちらを見ると、リンはずっと向こうの扉の前で尻尾を振っている。リンの奥に、ソロウを真似したのか桟橋の端に手をかけて濁った水面を覗き込むリュークの姿がある。
リンが落ち着きなくその場で回り始めた。
「おい、大変だ……やめろ、やめるんだ」
兵士の一人が剣呑な声色で言い残し、駆け出した。さっきリンの毛を拭いてやっていた兵士だ。その兵士に誘われるようにして数名の兵士と冒険者たちも走る。
「なあ、どうしたんだ!」
ソロウが声を張り上げると、兵士は「あんた、犬を飼ったことがないのか!」と焦燥のあまり怒号のように返した。
「早く止めないと!」
兵士が桟橋の半ばへ差し掛かる前にリンが一瞬身を屈め、直後に高々と跳躍して沼へ飛び込んだ。盛大に飛沫が上がり、沼に潜んでいた無数の半魚人や魚が空中を舞って桟橋に打ち上げられる。絶望に立ち止まる兵士。
半魚人の魔物〈サハギン〉が、魚類にあるまじきすらりとした二本足で次々と立ち上がり、これまた到底魚類らしからぬ長い腕と水かきを持った手で水草のこびり付いた三叉戟を構え始めた。サハギンの等級はC~B級。地上で相手する分にはさほど強い魔物でもないが、水中となればこれに勝てる冒険者は多くないという評価である。
また、サハギンの周りで跳ね回っている魚の多くは、透明度の高い水色の長い体に龍の頭を持つ〈スイジンノツカイ〉という非常に珍しい種類で、未だ生きた個体の捕獲例は無く、もしここに熱心な魚類学者が居れば己の命を顧みずサハギンの待ち構えるところへ突っ込んでいったことだろう。
今は幸い魚類学者を伴ってはいないので、一団はサハギンたちと幾らかの間隔を挟んで対峙することができた。
問題はリューク少年がサハギン達の向こうに居ることだ。
「早く倒しましょう!」
ミハルが杖を前に突き出して呪文を唱えた。空中に発生した三つの大きな火の玉がサハギンを襲う。サハギンたちは一斉に口から水を噴射して火の玉を打ち消した。悔しそうに奥歯を噛んで再び杖を掲げるミハル。駆け付けてきたレオハルトが隣に並び、助力を申し出た。ギムナックも弓で加勢する。
火と風と矢の猛攻にサハギンはついに殆どが息絶え、残ったものも全て沼の中へ逃げていった。
「油断するなよ、サハギンは沼の中から槍を投げてくるぞ」
ギムナックの言った通り、サハギンたちはすぐに水面から飛び上がって三叉戟を投げつけてきた。サハギンの戟は水底に沢山予備があるので、何度も潜っては武器を手にして攻撃してくる。
兵士達がフルルと冒険者たちを庇うように出て、三叉戟を剣で叩き落としていく。桟橋付近の喧騒で遠くの魚も逃げ出したが、それでも階層の奥でしっかりととぐろを巻いて傍観を続けるイビルサーペントに、大人たちとフルルはいよいよ不気味さを拭えない。
そうこうする間に好きなだけ水泳を楽しんだリンが、ついでとばかりに全てのサハギンを簡単に追い払い、桟橋に飛び乗って体を震わせた。さっさと扉を開けて次の部屋へ行ってしまったリュークを除く全員が、またしてもびしょ濡れである。しかも、沼の嫌な匂いがする。ところどころには水草や藻も張り付いている。さらに彼女は近くに落ちているスイジンノツカイをさり気なく全て食べてしまった。それから元気良くゲップをして、また水を飛ばすために頭から太い尻尾の先まで体を震わせた。
「ああ……また洗って乾かさないと……」
がっくりと肩を落とす兵士の背中に、年季の入った疲労が滲んで見えた。
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