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無限の迷宮(110〜)
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しおりを挟むおかしいわねえ。杖を仕舞いながらミハルは訝しげにぼやく。
「確かに結界が発動していたように見えたんだけど」
リュークの後は、ソロウとギムナックが追いかけて行った。リュークを捕まえて引きとめておかないと、またどこに飛び込んでいってしまうか分からない。リンにはグランツを運ぶ役目を頼んだ。フルルの鑑定によれば階層主であるはずのイビルサーペントは、悪趣味な置物のように動かない。いつもチョロチョロと見せている舌の一つも動かさない。ただ、縦長の瞳孔を持つ恐ろしい目は、まるで小者が言い訳を述べるときのように泳いでいる。
ミハルは扉が閉まらないように押さえて、前を通過していくリン、寝袋のままその口に咥えられて蓑虫のごとくぶら下がっている辺境伯。さらに、リンの影にくっついて身を隠しながら歩くヴンダー・トイの姿を目で追った。
それから扉を閉めて、さも初めから結界など存在しなかったように品の良い扉を一瞥して、もう一度「おかしいわねえ」とため息をついた。
サハギンの死骸を跨いで桟橋を渡った一行が蛇の部屋を出ると、すぐにやや長めの下り階段があって、それを降りきると今度は大樹の絵が描かれた巨大な扉が現れた。
壁掛けの松明が多く、絵は目が冴えるような鮮やかな色で、ただし線や色使いに繊細さというものは僅かにも見受けられず、容赦の無いベタ塗りで、見れば見るほど幼児のお絵かきと幾らの違いも見いだせないような気がしてくる。背景はなく、地面も描かれておらず、横一本線の下に短くて個性的な形の根っこが踊っている。
少年リュークはこの絵に深く感銘を受けたようで、先程から木の枝を用いて絵のあちこちを指さしては、あの色が良いね、あの丸っこいのが格好良いんだなどと、首をひねってばかりで感性の乏しい憐れな大人たちへ芸術の奥深さを教えてやっている。
辺りは沼の水の悪臭に包まれている。
さて、次の部屋はリューク少年と扉の珍妙な絵が語る通り「木の部屋」である。
リュークたちより数歩ひいて立つフルルは、さっきのイビルサーペントの件で毒気を抜かれたのか、未だ釈然としない表情で絵の全体を眺めつつ「なんだか変な音がする」と一寸不安げに言った。
「どんな音だ?」
ギムナックが振り向いて尋ねると、フルルは少し考えて、「変な木の音」と答えた。
「なんだそれは? 珍しい品種か?」
「うーん、どうなんだろう? 毎日木が成長する音を、ずっと早くした感じ。それか、枯れていく音」
「ふむ、部屋の感じからしてあり得るな。リュークはこの先を通ったんだろう? どんな部屋だったんだ?」
ギムナックの声が石壁に若干反響してリュークに届いた。リュークは「どんな部屋?」と聞き返した。
「『木の部屋』には何があるんだ?」
「木の部屋には木があるよ」
「木の他には何があるんだ?」
「木の他……?」
リュークが意外そうな顔をしたので、ギムナックも意外そうに「ん?」と言葉に詰まって沈黙した。
他の面々はなんとなくハラハラしながら見守っている。リンはグランツを舐め回して涎まみれにしている。兵士の一人が一生懸命に濡れたリンの毛を布で拭いている。
「もしかして、木しかないんじゃないかしら」
しんとした中にぽとりと落とされたミハルの一言が全てを解決に導いた。部屋には木しかないのだ。無いものは答えられない。納得したギムナックは、リュークに謝りながら礼を述べてレオハルトとソロウに視線を向けた。
「じゃ、入ってみるか」
レオハルトとソロウは頷いた。兵士らもフルルも気を引き締める。リンもグランツを舐めるのをやめた。毛はさっきより乾いている。ヴンダーはグランツのそばにしゃがんだ。リュークは木の枝を革袋へ仕舞った。
前へ進み出たソロウとギムナックが、そっと扉に手をかけた。
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