西からきた少年について

ねころびた

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洞窟の迷路(134〜)

139

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 ヴンダー・トイのいう魔王城は東の瘴気の向こうにあった魔王城が迷宮化したもので、ヴンダーがテヌート伯爵領を訪れる前にS級冒険者パーティーで攻略を試みた迷宮ダンジョンである。
 ヴンダーは、そこでのろいに掛かり、魔力を失った。

「元魔王城って、遥か東の方でしょう? さすがにそんな筈ないわよ」

「そりゃあ、僕だってそう思いますよ。本当に遥か東ですからね。ノルンからの距離で言えば、アルベルムより遠いくらいですよ」

「だったら、なぜ元魔王城だなんていうの? ただでさえ信じられないことばかりだっていうのに……これ以上変なことを言わないで」

 ミハルは泣きそうになって俯いた。そのとき、膝に置いていた杖が視界に入る。杖に浮き出たトレントの顔がミハルを見てニッコリと笑み、そして悟りきった口調で告げる。

「『生きる』とは、旅をすること」

「だから変なこと言わないでってば!」

 勢い余って杖を殴るとトレントの顔は押し潰れたかに思われたが、今度は杖のやや先端近くに小さな顔が現れてニコニコと笑顔を浮かべた。ミハルは力が抜けたのか、がっくりと項垂れて沈黙した。
 フルルがミハルに寄り添って「大丈夫だよ」と慰めたが、その声も不安に満ちている。
 誰もが発言をためらうなか、先ほどから石の扉を眺めていたソロウが意を決して口を切った。

「なあ、どうして元魔王城だと思ったんだ? こんな扉、他のダンジョンにもあるだろ」

「まあ、似たような扉はありますけど……。でも、自慢じゃありませんが僕って記憶力の良い方なんですよね。で、これまで攻略したダンジョンの扉で全く同じものは二つとして無かったわけです。たとえば、ほら、そこの小さな傷、下の方から若干変化している色味、全体の大きさ、悪魔の文字の位置──これら全部が僕の記憶の中にある元魔王城の四部屋目の扉と同じなんですよ。しかも、

「そいつは……ああ……困ったな……」

 ソロウはギムナックに助けを求めた。ギムナックはすぐ目の前で座って昆虫と遊ぶリュークを眺めながら、「うむ」と苦々しげに眉を顰める。

「この〈洞窟の迷路〉がすでに元魔王城なのか? それとも、その扉からが元魔王城なのか?」

 あっ、と小さく驚く声がいくつも上がった。
 迷宮とは確かに不可思議な構造で、外で測る距離と迷宮内の距離が一致しているとは限らない。ただ、それにしたってギムナックがマッピングした感覚では、自分たちが王都ノルン西側のアーカス侯爵領から遥か東の瘴気の向こうにある元魔王城まで移動したとは考えられないのだった。

 可能性を考えるなら、二つ、ないし複数の迷宮が繋がっていて、迷宮の切り替わる場所で空間転移が行われたというのが最も有り得る線だろう。

「そのような異変では魔力の変調も伴ってミハル殿や側近が気付くのでは?」

 少年のような声の兵士が言った。もっともな疑問であるが、ヴンダーはこれを否定する。

「ダンジョン内の仕掛けなら、魔覚に掛からない場合もあります。ここの初めの方の階段にも少しがあったでしょ? でも、気付かなかった。ダンジョンの怖いところはそこなんですよ。魔覚で探知できない術……僕だって、僕だって……すぐに気付ければ呪いになんてかからなかったのに……」

 過去の不幸が脳裏に蘇ったらしく、ヴンダーの目に涙が溜まっていく。質問をした兵士がヴンダーの肩を撫でて「そうだったな、すまない」と詫びた。

 ともあれ、ギムナックが言ったように、この洞窟の迷路が元魔王城の一部であるのかを知る必要があるように思われた。元魔王城よりも王都ノルンに近いのであれば、この扉を避けて階段を探す方が良い。逆に、ここが既に元魔王城よりもずっと王都から離れていた場合にはこの扉を開けて進む方がマシだという話になるかも知れない。
 ──S級冒険者パーティーですら攻略し得なかった元魔王城を踏破し、運良く転移陣が現れる確率が少しでもあれば、だが。もしくは、この洞窟の迷路に悪魔並みの強敵がいないとも限らない。或いは、どこを選んでも外には出られないかも知れない──などと、このようなことを考えては元も子もない。今はただ出口に最も近い道を選び取らなければ。

 問題は、どうやって現在地を調べるのか、だ。

「少なくとも、ここは元魔王城攻略中に通った道ではないです。雰囲気的にも、全く別のダンジョンじゃないですかね」

 ヴンダーが石の扉まで這って行きながら、扉と洞窟内の境目に何かを見つけようとする。
 丁度そのときになってグランツの身支度を終わらせたレオハルトが、「そういえば」といつになく軽い調子で言ってギムナックの隣へ腰を降ろした。目の前には焦げ茶色の昆虫と遊ぶリュークが居る。

 少し見ないうちに、昆虫の体はかつての三倍ほどの大きさに成長していた。
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