西からきた少年について

ねころびた

文字の大きさ
139 / 199
洞窟の迷路(134〜)

138

しおりを挟む

 リュークは回復薬の小瓶を取ってソロウに渡した。そこはかとなく感じる「お前の判断に任せます」の圧力に根負けしたソロウは、動揺する仲間たちからの注目を浴びつつ小瓶の栓を抜き、淡い青色の液体をグランツの腕の模様に垂らした。

 黒い模様から逞しい筋を伝い落ちる回復薬。苦さと辛さと酸っぱさを極めた回復薬の味を知る者は、この青い液体を見るだけで一様に顔面を歪ませる。

 グランツの黒い模様が変化する様子は暫く見られなかった。ところが一分が経とうかという頃になって、突如グランツが野太い叫び声を上げた。仮眠していた者たちも一斉に飛び起き、身構えた。

「なんだ……? 黒い何かが……」

 ギムナックが及び腰に黒い模様を覗き込む。視線の先で、小さな芽のような、丸みのある触覚のようなものが生えた。
 ギムナックは情けない悲鳴を発して後ずさり、鳥肌を治めるように両腕を擦る。なんてものを見てしまったのかと後悔する。あれは人間から生えて良いものではない。

 レオハルトもソロウも吐き気をこらえるように口元を手で覆いながらグランツの腕を見ている。ミハルは咄嗟に目を背けて耐えていたが、ついに気を失ってゆっくりと倒れ込むところを、いつの間にか隣に座っていたリンが大きな尻尾を下敷きに差し出して受け止めた。フルルは穴の中で眠るように気絶した。ヴンダーはもっと前から遥か向こうで泡を吹いている。


 グランツの腕の黒い部分──リューク曰く悪魔の人形プーパは、フワフワと波打ったかと思えば突然ウニのように無数の鋭い針となって突き出たり、蛇の頭のように躍り出てきて愉快げに揺れてみせたりした。
 リュークはそれを呆気なく鷲掴みにした。
 黒い部分プーパは、大人しい時には特に刺青いれずみか表面に塗られた模様のように見えたものだが、リュークが握って引っ張ったり振り回したりすると腕の接合部である黒いところだけが引っ張られた分ぼこりと凹んで、腕が完全に切断されている形がくっきり浮き上がって生々しく、プーパによって接合がかなっているという事実をまざまざと認識させる。

 リュークは茫然とする大人たちの前でプーパを引き伸ばしたり、グランツの腕の接合部に押し戻したりした。そして何度かその工程を行ったあとは、いよいよ綺麗にグランツの腕へ馴染ませるよう撫でてならすと、労わるようにぽんぽんと叩いて作業を完了したのだった。

 
 夢かうつつか。大人たちは迷った挙げ句、グランツを寝袋に戻しながら「少し休もう」と言ったソロウに同意して、各々の場所へと戻って静かな時間を過ごした。






 このようなことが起きても、リュークの言った通りグランツは目を覚まさなかった。
 何故プーパに回復薬をやったのかとソロウが尋ねるも、リュークは「プーパにあげると良い」ということしか言わず、質問の仕方を変えてもそれは同じで、ソロウは已む無く解答を諦めるほかなかった。

 一方、レオハルトはプーパに回復薬を与えた理由などよりも、リューク少年がグランツとプーパの精神の対話を聞き取っていたらしいことに衝撃を受け続けていた。
 他者の精神的空間へ介入できるスキルに〈精神感応テレパシー〉というものがある。これは他者の思念を読み取ったり、他者へ思念を伝達出来る珍しいスキルとされている。しかし、これはあくまでも互いに伝えようという意識があってこそ成り立つスキルであって、他者の「精神の対話」を勝手に盗み聞きできるようなしろものではないのだ。
 リュークのスキルが不可解すぎる──。今頃になって気付かないふりに限界を感じ始めたレオハルトは俯き、険しい表情で頭を抱えた。



 そうこうするうちにソロウたちに仮眠の順番が回ってきて、リュークとリン以外の全員が仮眠を終えると、一行は簡単な食事をとってから輪になって座った。

「さて、この扉の向こうには〈祭壇〉がある可能性が高いってことだったが」

 グランツの着替えに忙しいレオハルトに変わって中年の兵士が切り出すと、ヴンダーが小さく手を挙げた。

「あのう、ちょっと思ったんですけど──」

 ヴンダーの目が石の扉とその周り、天井、右手にある分岐路を忙しなく確認している。

「僕、やっぱりこの扉に見覚えがある気がするんですよね。もう、ほんと、ほんとに嫌なんだけど」

 ああ、もう、と溜め息とも嘆きともつかないささくれだった声を吐き出すヴンダーの顔面に辟易と書いてある。
 ミハルが半信半疑で「どこで見たの?」と尋ねてみれば、ヴンダーは今度こそ腹の底からの溜め息を吐いて、吐いて、吐き出し尽くしてから、洞窟のあまり良いとは言えない空気を大きくゆっくりと吸い込んで、少し吐いて落ち着いて、やっと姿勢を正し、不安げな目付きのまま端的に告げる。


魔王城です」


 はは、とどこかから漏れた失笑が鈍間な残響となって洞窟を徘徊した。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。 そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。 王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。 しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。 突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。 スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。 王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。 そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。 Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。 スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが―― なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。 スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。 スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。 この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

処理中です...