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洞窟の迷路(134〜)
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しおりを挟むリュークは回復薬の小瓶を取ってソロウに渡した。そこはかとなく感じる「お前の判断に任せます」の圧力に根負けしたソロウは、動揺する仲間たちからの注目を浴びつつ小瓶の栓を抜き、淡い青色の液体をグランツの腕の模様に垂らした。
黒い模様から逞しい筋を伝い落ちる回復薬。苦さと辛さと酸っぱさを極めた回復薬の味を知る者は、この青い液体を見るだけで一様に顔面を歪ませる。
グランツの黒い模様が変化する様子は暫く見られなかった。ところが一分が経とうかという頃になって、突如グランツが野太い叫び声を上げた。仮眠していた者たちも一斉に飛び起き、身構えた。
「なんだ……? 黒い何かが……」
ギムナックが及び腰に黒い模様を覗き込む。視線の先で、小さな芽のような、丸みのある触覚のようなものが生えた。
ギムナックは情けない悲鳴を発して後ずさり、鳥肌を治めるように両腕を擦る。なんてものを見てしまったのかと後悔する。あれは人間から生えて良いものではない。
レオハルトもソロウも吐き気をこらえるように口元を手で覆いながらグランツの腕を見ている。ミハルは咄嗟に目を背けて耐えていたが、ついに気を失ってゆっくりと倒れ込むところを、いつの間にか隣に座っていたリンが大きな尻尾を下敷きに差し出して受け止めた。フルルは穴の中で眠るように気絶した。ヴンダーはもっと前から遥か向こうで泡を吹いている。
グランツの腕の黒い部分──リューク曰く悪魔の人形は、フワフワと波打ったかと思えば突然ウニのように無数の鋭い針となって突き出たり、蛇の頭のように躍り出てきて愉快げに揺れてみせたりした。
リュークはそれを呆気なく鷲掴みにした。
黒い部分は、大人しい時には特に刺青か表面に塗られた模様のように見えたものだが、リュークが握って引っ張ったり振り回したりすると腕の接合部である黒いところだけが引っ張られた分ぼこりと凹んで、腕が完全に切断されている形がくっきり浮き上がって生々しく、プーパによって接合がかなっているという事実をまざまざと認識させる。
リュークは茫然とする大人たちの前でプーパを引き伸ばしたり、グランツの腕の接合部に押し戻したりした。そして何度かその工程を行ったあとは、いよいよ綺麗にグランツの腕へ馴染ませるよう撫でて均すと、労わるようにぽんぽんと叩いて作業を完了したのだった。
夢か現か。大人たちは迷った挙げ句、グランツを寝袋に戻しながら「少し休もう」と言ったソロウに同意して、各々の場所へと戻って静かな時間を過ごした。
このようなことが起きても、リュークの言った通りグランツは目を覚まさなかった。
何故プーパに回復薬をやったのかとソロウが尋ねるも、リュークは「プーパにあげると良い」ということしか言わず、質問の仕方を変えてもそれは同じで、ソロウは已む無く解答を諦めるほかなかった。
一方、レオハルトはプーパに回復薬を与えた理由などよりも、リューク少年がグランツとプーパの精神の対話を聞き取っていたらしいことに衝撃を受け続けていた。
他者の精神的空間へ介入できるスキルに〈精神感応〉というものがある。これは他者の思念を読み取ったり、他者へ思念を伝達出来る珍しいスキルとされている。しかし、これはあくまでも互いに伝えようという意識があってこそ成り立つスキルであって、他者の「精神の対話」を勝手に盗み聞きできるようなしろものではないのだ。
リュークのスキルが不可解すぎる──。今頃になって気付かないふりに限界を感じ始めたレオハルトは俯き、険しい表情で頭を抱えた。
そうこうするうちにソロウたちに仮眠の順番が回ってきて、リュークとリン以外の全員が仮眠を終えると、一行は簡単な食事をとってから輪になって座った。
「さて、この扉の向こうには〈祭壇〉がある可能性が高いってことだったが」
グランツの着替えに忙しいレオハルトに変わって中年の兵士が切り出すと、ヴンダーが小さく手を挙げた。
「あのう、ちょっと思ったんですけど──」
ヴンダーの目が石の扉とその周り、天井、右手にある分岐路を忙しなく確認している。
「僕、やっぱりこの扉に見覚えがある気がするんですよね。もう、ほんと、ほんとに嫌なんだけど」
ああ、もう、と溜め息とも嘆きともつかないささくれだった声を吐き出すヴンダーの顔面に辟易と書いてある。
ミハルが半信半疑で「どこで見たの?」と尋ねてみれば、ヴンダーは今度こそ腹の底からの溜め息を吐いて、吐いて、吐き出し尽くしてから、洞窟のあまり良いとは言えない空気を大きくゆっくりと吸い込んで、少し吐いて落ち着いて、やっと姿勢を正し、不安げな目付きのまま端的に告げる。
「元魔王城です」
はは、とどこかから漏れた失笑が鈍間な残響となって洞窟を徘徊した。
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