西からきた少年について

ねころびた

文字の大きさ
144 / 199
元魔王城(142〜)

143

しおりを挟む

 ソロウは言葉を失った。今、目の前に──否、目の前どころか、その手に触れていた少年の姿が忽然と消えたのである。息をするのも忘れて前後左右を何度も見回す。

「嘘だろ……」

 ようやく声に出すと、祭壇の上へ僅かに顔を出して向こうを見張っていたギムナックが耳聡く聞きつけ、「どうした」と視線をそのままに言った。
 ソロウはまるで暗闇の中でするように両腕を伸ばして何も無いところをまさぐる。

「リュークが消えた……!」

「なに?」

 ギムナックは素早く頭を下げて周辺に視線を巡らせる。五、六歩後方では、ミハルが祭壇裏の壁に張り付いて結界を張っているだけで他には誰もおらず、今の今までソロウが捕まえていたはずの少年の姿はどこにも無い。
 再び祭壇の上から部屋中を見渡す。十名の兵士とレオハルトは部屋の壁際で中央を囲むように立って武器を構えていて、魔狼リンとリッチは激しい戦闘を続けている。部屋の左右にある扉──左側の扉はリンに壊されて無くなっているが──では頑丈そうな結界が淡い光を放っており、壁には大きな松明、天井では星空を散りばめたような小さな光が煌々として照明の役割を担っている。
 また頭を下げ、今度は匍匐前進の格好で恐る恐る祭壇の向こう側を覗き込む。黒い石床と自分たちの隠れ場所である黒い石造りの祭壇の近くにはゴミ一つ落ちていない。大鎌の空を斬る音が脅しのようにギムナックを震え上がらせたが、それ以外に変わったことは何もなかった。

「しくった。俺、『かくれんぼだ』って言っちまったんだ。そしたら、いきなり消えて……わけが分からねえ」

 ソロウは未だ震える手を空中に彷徨わせながら言い、すぐ何か思いついたようにミハルを振り向く。

「ミハル、魔法の気配はないか!? リュークが魔法を使ったかも知れねえ!」

「ええ!? 待って、そのリュークはどこに居るの?」

「消えた!」

「え……えっ!? どういうこと!?」

 ミハルが祭壇の影へ飛び込むようにして駆けてきた。落ち着きなく辺りに目をやる彼女の剣呑な顔つきを見れば、リュークの魔法の気配など察することも出来ないというのが分かる。
 それはレオハルトも同じらしく、真っ直ぐにリッチの一挙手一投足へ注意を向けるレオハルトは、祭壇付近の異変になど気付きもしない。

(もしリュークがを使えるとしたら)

 考えて心臓が止まる思いがした。誰にも見えない状態で、あの大鎌に近付きでもしたら──。

「リューク! リューク!」

 ソロウは祭壇の影から飛び出して叫んだ。レオハルトや兵士らも異変に気付き、耳を疑いながらも目でリュークを探す。

(リュークが居ない? 扉の結界は作動したままだ。ソロウたちが居た祭壇の後ろ以外に隠れる場所はない。魔法? 転移か……まさか透明化? 透明化の魔法といえば空想上のものしか聞いたためしがないが。しかし魔法の気配など少しも──違う。もしかすると、リュークの魔法は魔法式を構築、発動する際に魔力の集中や偏りを伴わないのか? あるのか、そのようなことが? 仮に魔法式に沿うように魔力を練り上げる必要がないほど魔力が有り余っているとすれば、理論上は魔力の平常状態を維持したまま魔法を発動することも不可能ではないのかも知れない。だが──それでも──いや、しかし──)

 レオハルトは一瞬でいくつもの思考を重ねた。だが思い付いた仮説はあまりにも現実離れした馬鹿馬鹿しい理論で、到底認められるものではなかった。
 魔法とは、魔力が魔法式通りの働きをして成り得るものだ。そして、魔法式を構築する過程では、魔力の性質が偏る。その魔法を発動しようとすれば、例えどんなに簡単な魔法であっても魔力は魔法式に沿った性質へ変化しようとする。変化しないと構成されないのだから当然である。つまり、魔法式通りに魔力が変化を終えてやっと魔法として成り立って発動できるのだから、魔力の反応を無くせば魔法に成らないではないか。
 ──魔力の? では、初めからあらゆる反応後の魔力を備えているとすれば?

(流石に度を超えた夢想だ。私としたことが、このようなときに何を考えている……)

 苦笑しかけるが、その余裕もなかった。この瞬間にも、少年の首や胴が切断されて現れる可能性があるのだ。レオハルトは大鎌の動きを封じるため、剣を抜いて床を蹴り、リッチに肉迫した。
 急な参戦に魔狼リンが驚いて飛び退った。危うく爪がその背に触れるところだったではないかと鼻にシワを寄せて唸る。そうしながら、ふとリッチの擦り切れたローブの裾に目を向けた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。 そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。 王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。 しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。 突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。 スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。 王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。 そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。 Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。 スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが―― なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。 スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。 スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。 この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

処理中です...