西からきた少年について

ねころびた

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元魔王城(142〜)

143

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 ソロウは言葉を失った。今、目の前に──否、目の前どころか、その手に触れていた少年の姿が忽然と消えたのである。息をするのも忘れて前後左右を何度も見回す。

「嘘だろ……」

 ようやく声に出すと、祭壇の上へ僅かに顔を出して向こうを見張っていたギムナックが耳聡く聞きつけ、「どうした」と視線をそのままに言った。
 ソロウはまるで暗闇の中でするように両腕を伸ばして何も無いところをまさぐる。

「リュークが消えた……!」

「なに?」

 ギムナックは素早く頭を下げて周辺に視線を巡らせる。五、六歩後方では、ミハルが祭壇裏の壁に張り付いて結界を張っているだけで他には誰もおらず、今の今までソロウが捕まえていたはずの少年の姿はどこにも無い。
 再び祭壇の上から部屋中を見渡す。十名の兵士とレオハルトは部屋の壁際で中央を囲むように立って武器を構えていて、魔狼リンとリッチは激しい戦闘を続けている。部屋の左右にある扉──左側の扉はリンに壊されて無くなっているが──では頑丈そうな結界が淡い光を放っており、壁には大きな松明、天井では星空を散りばめたような小さな光が煌々として照明の役割を担っている。
 また頭を下げ、今度は匍匐前進の格好で恐る恐る祭壇の向こう側を覗き込む。黒い石床と自分たちの隠れ場所である黒い石造りの祭壇の近くにはゴミ一つ落ちていない。大鎌の空を斬る音が脅しのようにギムナックを震え上がらせたが、それ以外に変わったことは何もなかった。

「しくった。俺、『かくれんぼだ』って言っちまったんだ。そしたら、いきなり消えて……わけが分からねえ」

 ソロウは未だ震える手を空中に彷徨わせながら言い、すぐ何か思いついたようにミハルを振り向く。

「ミハル、魔法の気配はないか!? リュークが魔法を使ったかも知れねえ!」

「ええ!? 待って、そのリュークはどこに居るの?」

「消えた!」

「え……えっ!? どういうこと!?」

 ミハルが祭壇の影へ飛び込むようにして駆けてきた。落ち着きなく辺りに目をやる彼女の剣呑な顔つきを見れば、リュークの魔法の気配など察することも出来ないというのが分かる。
 それはレオハルトも同じらしく、真っ直ぐにリッチの一挙手一投足へ注意を向けるレオハルトは、祭壇付近の異変になど気付きもしない。

(もしリュークがを使えるとしたら)

 考えて心臓が止まる思いがした。誰にも見えない状態で、あの大鎌に近付きでもしたら──。

「リューク! リューク!」

 ソロウは祭壇の影から飛び出して叫んだ。レオハルトや兵士らも異変に気付き、耳を疑いながらも目でリュークを探す。

(リュークが居ない? 扉の結界は作動したままだ。ソロウたちが居た祭壇の後ろ以外に隠れる場所はない。魔法? 転移か……まさか透明化? 透明化の魔法といえば空想上のものしか聞いたためしがないが。しかし魔法の気配など少しも──違う。もしかすると、リュークの魔法は魔法式を構築、発動する際に魔力の集中や偏りを伴わないのか? あるのか、そのようなことが? 仮に魔法式に沿うように魔力を練り上げる必要がないほど魔力が有り余っているとすれば、理論上は魔力の平常状態を維持したまま魔法を発動することも不可能ではないのかも知れない。だが──それでも──いや、しかし──)

 レオハルトは一瞬でいくつもの思考を重ねた。だが思い付いた仮説はあまりにも現実離れした馬鹿馬鹿しい理論で、到底認められるものではなかった。
 魔法とは、魔力が魔法式通りの働きをして成り得るものだ。そして、魔法式を構築する過程では、魔力の性質が偏る。その魔法を発動しようとすれば、例えどんなに簡単な魔法であっても魔力は魔法式に沿った性質へ変化しようとする。変化しないと構成されないのだから当然である。つまり、魔法式通りに魔力が変化を終えてやっと魔法として成り立って発動できるのだから、魔力の反応を無くせば魔法に成らないではないか。
 ──魔力の? では、初めからあらゆる反応後の魔力を備えているとすれば?

(流石に度を超えた夢想だ。私としたことが、このようなときに何を考えている……)

 苦笑しかけるが、その余裕もなかった。この瞬間にも、少年の首や胴が切断されて現れる可能性があるのだ。レオハルトは大鎌の動きを封じるため、剣を抜いて床を蹴り、リッチに肉迫した。
 急な参戦に魔狼リンが驚いて飛び退った。危うく爪がその背に触れるところだったではないかと鼻にシワを寄せて唸る。そうしながら、ふとリッチの擦り切れたローブの裾に目を向けた。


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