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元魔王城(142〜)
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しおりを挟むひょっこり現れた少年の姿に目を丸くするリン。少年は、はためく黒紫のローブの端をくすぐったそうに手で除けると、そのままリンの真正面まで歩いて来て、頭を下げたリンの鼻をちょいとひと撫でし、それから踵を返して巨大なリッチを見上げた。
リッチは大鎌でレオハルトの剣を押し返しながら、地の底から湧くような声で呪文を詠唱している。その詠唱がところどころで途切れるたび、黒い床に血で描いたような魔法陣が現れ、スケルトンやアンデッドが召喚された。
リッチの恐ろしいところは、この召喚魔法の頻度である。これに備えていたアルベルム兵たちが、待ってましたと言わんばかりに気合の雄叫びを上げて、召喚された魔物を次々と討ち取っていく。連続して召喚されるスケルトンやアンデッドたちを放置すれば、これらはすぐに部屋を埋め尽くすほどの数となるのだ。召喚された端から急いで倒さねば、リッチ本体に攻撃が届かなくなる。
リッチを引き付けているレオハルトも呪文を詠唱している。十名の兵士らだけではリッチの召喚数を捌ききれない。リッチへの恐怖心を捨ててリュークを探し回るソロウたちも手近な敵を薙ぎ倒してはいるが、それでも召喚される魔物が倒される魔物の数を上回るときがある。レオハルトの火魔法が、その分を燃やし尽くしている。これで辛うじて混乱を免れている状態にある。
入口の結界の向こうから戦闘を見守るヴンダーが頬を赤く染めて感服している。
「うわあ、本当に器用な人だなあ……! 剣に魔力を流しながら近接戦闘して、離れた場所にあんなに精密な操作でレベル3以上の魔法を打つなんて! しかも後ろにまで目が付いてるみたいだ。あんなにリッチと自分と他の人の魔力が入り乱れてるのに、どれだけ正確な魔覚を持ってるんだ?」
そうだろう、と入口付近で戦う兵士が得意げな様子でアンデッドを斬り払い、間を置かずにスケルトンへ剣を振り下ろした。
部屋の中央で、少年はリッチを見つめている。少年の姿はリンにしか見えていない。
リンは今すぐ少年のローブのフードを咥えて安全な場所へ運ぶべきではと考えたが、しかし本能がその必要はないと告げている。邪魔をするべきではないと警告している。迷った挙げ句、もう少し見守ることにした。
それから幾らも経たないうちに少年が左手を宙にかざした。手のひらはリッチに向けられている。
突然、レオハルトの剣が眩しく輝いた。
レオハルトは思いがけず手の力を緩めてしまう。だが、剣は大鎌に押されるどころか空中に縫い留められたようにびくともしない。
「リューク……?」
口が勝手にその名を呼んだ。呼ばれたリュークは驚いてレオハルトへ視線を向けた。或いは見つかってしまったのかと思ったが、レオハルトの目は少年を見つけてはおらず、見当違いの場所ばかりを探しているようだ。リュークはほっとして、レオハルトの剣をリッチの方へぐっと押しやった。
レオハルトは咄嗟に剣の柄を両手で強く握った。そうしなければ、剣が手を離れてどこかへ行ってしまう。剣が勝手に動いているのだ。もう冷静ではいられない男レオハルトは、芯から身体が冷えていくのを感じていた。激しい動悸に襲われているだろうと思うのに、心音が全く聞こえない。いっそ心臓が失われた気さえする。剣を手放した方が良いのか? それとも持っていた方が良いのか? 選択すべき行動に自信を持てない。そうこうしている間に爪先が床を離れようとしている。異常事態だ。何故剣がひとりでに動くものか。何故、こんなにも光るのか。レオハルトの額から汗が流れ落ちた。
剣の圧力は強まるばかりで、リッチにはいかなる呪文を詠唱する余力もなかった。召喚はすっかり止み、兵士らは宙ぶらりんになってリッチを圧倒しているレオハルトの不思議な挙動に目を奪われている。
さあ、もう一押し。
──そのとき、リュークの耳に届いた。
「かくれんぼは終わりだ! 終わりだぞ! 俺の負けだよ、リューク! 早く出てきてくれ!」
かくれんぼに勝ったリュークは屈託のない笑顔を浮かべた。そして、リッチに向かってかざしていた手のひらをぎゅっと握った。
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