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元魔王城(142〜)
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しおりを挟む魔法の神と時の神は些かも躊躇なく、颯爽と繭へ向いて歩いた。そして巨大な繭へ触れられるところまで行くと、まるでお隣さん宅のドアをノックするように気軽な仕草で繭の表面を二回叩いた。
すると、繭は取り払われた布の如くに翻って黒い空間へ溶け消え、あとには大型も大型の鎌を両手で握り締めたまま内股で竦み上がる憐れなリッチロードだけが取り残されてしまった。
常に浮遊しているはずのリッチロードだが、神を前にしては身を低くしている。それでも人の形をとっている神々の背丈はリッチロードの膝ほどしかなく、リッチロードは襤褸のローブの中でうんと猫背にして、弱気を全面に押し出さなければならないようだった。
「お前には悪いことになったなあ」と、さして思っている風でもなく前髪をかき上げながら言う魔法の神。「でもよぉ、祭壇なんて初めから壊しとけば良かっただろ。……ああ? 『まさか自分が召喚されるとは思わなかった』だぁ? 馬鹿かお前。危険予測って、進化の過程で習わなかったのか? そんだけ進化しまくってんだから、ちっとはオベンキョーしろよ、オベンキョーをよぉ。あーあ、どいつもこいつも不勉強で嫌んなるぜ」
「だから良いのだろう、魔物というものは」と、時の神。
魔法の神はむっとして振り向く。
「別に、悪いとは言ってねえだろ。だけどよ、これからはもうちっとものごとってやつを知ってもらわねえと困るんだよ。じゃなきゃ、こうやって毎回俺らが出張ってくるとなると、いつかは──……っと、はいはい、喋り過ぎだよな」
時の神が威圧的な目付きになったのを見て、魔法の神の淡青色の瞳が気まずげに泳ぎ、話を打ち切った。
「多少は構わない。ただ──そうだな、確かにものごとを知る必要はある」
時の神はそう言って隣を見下ろした。
神々の後に追い付いてそこに居たリュークは、時の神に似た黒の瞳で見詰め返した。時の神と似ているにして本質の異なる純粋無垢の極みのような瞳である。そこには時の神ですら一旦言葉を失う凄みがある。
「ものごと」
リュークが繰り返したので、時の神ははっとした。すぐそこで魔法の神が小さく吹き出すのが聞こえたが、時の神は無視して「そうだ」と説いてやる。
「ものごとを知るのは、とても大切なことだ。今回のことにしても、お前が供物の価値について知っていれば、お前の望みはもっと簡単に叶っただろう」
「クモツノカチ」
「供物の価値だ。万物には価値が備わっている。人の定めるものとは別にな。お前がお前で居たいのなら、価値を見誤らず、道を塞がず、理を打ち壊さぬことだ。自由は万物に愛されるが、故に他者を害する。お前の自由が世界を傷付けうるということを能く能く肝に銘じておけ」
「みやまらず……う、うち……きも……」
リュークは懸命に理解しようとしたが、今のリュークにとって時の神の言うことはあまりにも難しくて何も分からなかった。レオハルトやギムナックでさえ、このように難解なことは言わない。リュークは時の神を変わり者として奇異の目で見るようになった。
微妙に温かい目を向けてくる少年に、時の神は一種得体の知れぬ複雑な気持ちにさせられたが、何故そうなったのかは神ながらに知るべくも無い。魔法の神は大層愉快になって顎を撫で、「難しいことを言ってやるな、時の神。こいつはこれからオベンキョーするんだからよ。そうだろう、人の子?」とリュークの肩に手を添えた。
リュークは魔法の神の言うことも理解していなかったが、なんとなく頷いておいた。魔法の神はさらに喜んでリュークを抱き上げる。
「いいな、うん、人の子も悪くない。ちっと小さすぎるが、持ちやすくて便利が良い」
「離せ、魔法の神。あまり触り過ぎると反感を買うぞ」
時の神が言い終える頃、向こうから疾走してきたリンが魔法の神に飛び掛かろうとした。しかし、既のところで足は止まり、体が動かない。こうなっては吠えることしかできなかったが、それならそれでと狂ったように吠え散らかす。
「わ! 分かったって! なんだよ躾のなっていないワンコだなぁ」
「躾がなっているから主を守ろうとしているのだろう。立派な犬だ」
魔法の神から解放されたリュークは、リンの首に顔を埋めて撫でてやった。リンは急に体が自由を取り戻したことに気付き、尻尾を振り回した。
そうしているうちに、ソロウたちの声が聞こえてきた。どうやら誰もが必死の様子でリュークを呼んでいる。目はまだ開けられないらしく、アンデッドのように手を前にして中腰で進んで誰かとぶつかり合ったり、互いに探し人と勘違いをして抱き合ったり、悪態をついて離れたり、四つん這いで動き回ってはまたぶつかり合ったりしている。それがなんとも楽しそうな遊びに見えたので、リュークはやにわにそちらへ向いて駆け出そうとした。
二つの神は目を丸くしながら急いで少年を捕まえた。
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