西からきた少年について

ねころびた

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元魔王城(142〜)

151 慈愛、苦難、お勉強

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 神々は偉大だ。

 空と大地と海を創造し、空には太陽と月と星を、大地と海には生命の輪を与えた。
 理と善悪、無限と有限を散りばめ、太陽を動かして時の流れを生み出した。
 世界に魔力を吹き込み、あらゆるものに見合った本能と理性、知性と感情とを授けた。
 愛と戦の種を雨と一緒に降らせた。
 神は全てを創造し、動かし、見守り、愛で包んでいるのである。
 ときに自然が生物に牙を向き、病が希望を奪うこともあるだろう。しかし、それらは神の愛によって与えられる試練なのだ。生きとし生けるものは、どのような苦痛も悲哀も恐怖も受け入れなければならない。この世界で賜る全ての苦難こそは、神の慈愛そのものなのだから。
 

 ギムナックは、長らく祈りを捧げていた。
 リッチロードを前にしてのことではない。彼は、もうずっと長いこと神へ祈り続けてきた。
 日々の出来事を伝え、今日の恵みに感謝した。
 不運に見舞われたときには助けてくれと願った。結果、今も生きているという事実がギムナックに神の慈悲を信じさせた。また、幸運に見舞われたときには一層崇め奉った。


 冒険者の多くは、神自身が創りし全てのものへ目を向けているとは思っていない。彼らは、無数の人、無数の生命の全てに目を配るのは幾ら神とて大変だろうと考えているのだ。それで、あまりに熱心に神を信仰するギムナックを小馬鹿にして嘲笑うこともあった。
 ギムナックは、そんな彼らのことをしばしば同情の目で見た。彼らは神を恐れるが故に、拒絶せずにはいられないのだ。彼らは人の尺度で神の能力を推測し、不可能などという言葉を口にする。所謂「神のお告げ」は神の気まぐれか、聖女などの選ばれた者のみに与えられるものであって、お前が祈りを捧げたところで神が見向きする筈もないのだと、つまり「神はなんかを見てはいない」と、そう言わずにおられないほどに彼らは臆病なのだ。もしも神が自分を見ていると考えただけで夜も眠れなくなるほどの臆病者だと知られたくないのだ。──ギムナックは考えるたび、彼らを哀れに思った。 

 神々は偉大だ。神は全てをご覧になっている。人には不可能だろう。しかし、神には可能なのだ。



 ギムナックが確信を持って断じたのは、その手が彼の滑らかなスキンヘッドを撫でたからだった。

「嗚呼、神よ──」

 黒い空間に差し込んだまばゆい光に目を細めながら、ギムナックは当然の如く呟いた。祈りが届いたのだろうか? 否、届いた結果でなくとも良い。神が我々の存在をお認めになった、それだけで救われる。ギムナックは感動に打ち震え、とめどなく涙した。
 隣では、リューク少年も撫でられて驚いている。

 リュークのそばに居たソロウと、その後ろに固まっている他の面々は皆眩しさに手を翳して顔を半分背けている。リンでさえ不器用に前足で目元を押さえている。

 ギムナックとリュークの正面に突如現れた光は、徐々に眩しさを引っ込めて二つの姿を形どり始めた。途端、ギムナックを含めた大人たちとフルルは目を開けていられなくなった。閉じた目から涙が溢れ続ける。このまま放置すれば干からびかねないほどの号泣ぶりである。

 現れた姿の一つは淡青色の瞳と尻を隠すほどの長髪の人、一つは艶めく漆黒の瞳と肩で切りそろえた髪の人。漆黒の方は、先程から腰を屈めてギムナックとリュークの頭を撫でている。
 どちらも白い布を巻き付けた人の姿で、二つの顔の造形に差異は殆ど認められず、性別は外見で分からない。ただ、淡青色の方がやや体格が良いあたり男にも近い印象がある。大陸では見ない形の首飾りや耳飾り、腕輪や指輪やかんざしなどを身に着けていて、質素なのに綺羅びやかでいかにも浮き世離れしきっている感がある。

「だから言っただろう、こうなるって」

 淡青色が腕を組んで言った。美術品のような顔からは一寸想像できない砕けた口調だった。その声にはどこか遠くで鐘を鳴らしたような不思議で心地良い響きがあって、レオハルトは不意に魔王のことを思い浮かべずにいられなかった。
 そして、ギムナックとリュークの頭を撫で続ける漆黒は無言を貫いた。
 淡青色は慣れているのか、やれやれと肩を竦めつつ一歩踏み出してリュークの前へ立つと、まずは恐怖に腰を抜かして目を瞑ったまま後ずさるソロウにちらりと一瞥をくれ、やがてリュークを見下ろした。淡青色の、優しいような眼差しだった。

「仕方ないにしろ、あんまり自由にされちゃこまるぜ。お前はなあ、オベンキョーをしろよ、オベンキョー」

「オベンキョー?」

 リュークはもう驚いた様子もなく、いつもするように聞き返した。極めて純粋な目と声で、淡青色は一瞬たじろぎかけるほどだったが、じり、と左足を踏みとどめて耐えた。

「そう、オベンキョーだよ。なあ、時の神よ」

 淡青色に話を振られて、〈時の神〉と呼ばれた漆黒は微かに嫌そうな顔をした。

「いちいち話し掛けるな、魔法の神。それに、人の子は幼いうちには学ばぬものだろう。無知で愚かな人の子」

「今どきは人の子も幼いうちから勉強するんだよ。失敗した魔法のゴミが溜まりまくって掃除が大変なくらいなんだからな。まったく、だいたい教育がなってないんだ。散らかしたら片付ける、そんなことも教えてやれないのかねえ、人ってやつは」

「だから良いのだ、人というものは」

「はっ、俺だって悪いとは言ってねえさ。ただ、整理整頓はして欲しいって話で……ああ、まったく、そんなことは今は関係ないんだった。とにかく、お前は

 淡青色──〈魔法の神〉は、ビシッと指を突き出して言いつけたが、対しリュークは小首を傾げただけに留めた。魔法の神はがくりと肩を落とし、「やっぱり駄目か」と呟くとリュークから視線を外してリッチロードの繭を見た。

 時の神も、最後にリュークの頬をひと撫でして立ち上がった。

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