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元魔王城(142〜)
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しおりを挟む皆がミハルに賛辞を送るのを聞いて、フルルはなんとお目出度い大人たちだろうと呆れた。また、レオハルトも驚きこそしたものの、今のミハルの魔法の威力をもってしてもリッチロードにダメージを与えるにはいたらないだろうと思い、逆に危機感をつのらせた。
ミハルを褒め讃える彼らは、ただ冒険で得た経験値がいつの間にか彼女の魔法レベルを引き上げたのだろうくらいに考えて喜ぶ気の良い大人たちの集団だった。そして、彼らに囲まれたリュークが一瞬浮かべた驚きとも落胆ともつかない表情に気付く者はなかった。
それはそれとして、リッチロードが引きこもっているうちに、ミハルは重要な問題に向き合わねばならなかった。
「あなた、もしかして魔法を使うときに毎回叫ぶわけじゃないわよね?」
ミハルが杖に尋ねると、杖は幾らかげっそりとした顔を浮き上がらせて「ああ?」と返した。どうも耳が遠くなっているようだ。ミハルは嫌そうにしながらも少しだけ杖を顔の近くへ寄せて声を張る。
「あなた、どうして叫んだの!?」
「っはあ! どうしてって、そりゃあ叫ばずにおられんでしょうよ。それともお嬢さん、あんたぁ儂が木材だってぇのが見て分からんのですか? や、百歩譲って仮にあんたが儂のことを石材と勘違いなさっておいでだとして、や、や、いっそもう百歩も千歩も譲っちまって儂が本当にゴーレムで、ということにしましょうや。それにしたって、人だって牛だってドラゴンだってゴーレムだって何だって、ケツに火なんか着けられちゃあ叫ぶ他ないでしょうが」
トレントの言うことにミハルは反論できなかった。ほんの一瞬「ゴーレムに火が着くものか?」という疑問が頭をもたげかけたが、空気を読んで飲み込んだ。
ごめんなさい、と大人しく詫びる女に、遥か年輩の杖は深く息を吐き出し、「やれやれ」と嗄れた声で呆れる。
「人間がいかに残酷な生き物かってぇのは重々承知しとるつもりでしたが、はて、まさかここまで無知なものとはねぇ。頼みますよ、こうなっちまった以上はあんたの手に儂の全てが委ねられとるんですから。ええかな、規則正しい生活と魔力をたっぷり含んだ綺麗な水、十分な日照時間、あとは何事も無茶をせんこと。これだけが長生きの秘訣なんですからな、よぉく守って、精進しなさい」
ショージン、とリュークが反芻したが、ソロウはすぐに教えてやれなかった。それは次に機会が回ってきたら教えるとして、今はリッチロードへの対処が先決だと頭を切り替えた。
ソロウはどうするかとレオハルトに問い掛けた。レオハルトはこめかみに浮いた汗を拭っただけで黙している。兵士らもレオハルトに注目しながら鎧兜を僅かに持ち上げて緊張の汗を拭っている。
何故リッチロードが出てこないのか。
レオハルトの観測によれば、リンでさえリッチロードに深手を負わせることは不可能なのだった。それなのにリッチロードが繭で縮こまっている理由とは何か。おそらく一撃のもとに全員を殺すことが容易いはずであるのに、何を躊躇しているのか。例えば、もし、リュークという小さな少年に何か超常の力があるとして──レオハルトは、もはやリュークの力を意識せずにはいられなかった──こうも多大な影響を与えるものだろうか。
レオハルトはリュークを見下ろした。好奇心旺盛なリューク少年は、ギムナックの隣について祈りの真似事を試みている。恐れ知らずの好奇心がリッチロードではなくギムナックに向くというのも可笑しなものだ、とレオハルトはふと考える。
「ねえ、もう一度仕掛けてみましょうか。ここじゃ土魔法が使えないみたいだから、トレントにはまた痛い思いをさせてしまうけれど……」
ミハルが提案したが、レオハルトは首を横に振った。
「すでに貴女も理解しているでしょうが、あれは今の貴女とリンと他の全員が束になっても倒せる存在ではありません。下手に藪をつつくよりも、あれが繭から離れないうちに、もう暫くこの空間から出る方法を模索してみましょう」
「そうだな。リュークにもう一度空間を切ってくれるよう頼んでみるか」
待ってましたというように、ソロウは神へ祈る少年のそばへと寄った。
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