西からきた少年について

ねころびた

文字の大きさ
155 / 199
元魔王城(142〜)

154

しおりを挟む

 祭壇に横たわったリッチロードは、己の末路を承知していた。
 それは、誰が見ても理不尽な結末だと思うだろう。しかしリッチロードからしてみれば不思議なもので、これが当然の成り行きであることを初めから知っていたような心持ちなのだった。

 上を見れば、どこまでも続く真っ黒な空間が全ての未練を吸い取ってくれるかのようだった。まるで自分が負の感情などとは縁遠い存在であると錯覚するような、清々しい、正しく胸のすく思いがした。

「辛いことはないだろう。お前はよくやったし、これからも悪いことにはならない」

 時の神はとても慈悲深くて中身のないようなことを言った。だが、どんなに空っぽであっても神の言葉とは大抵ありがたく、そしてこの世で最も慈悲深いものなのだ。リッチロードは痛く感動して頭蓋骨を動かすと、供物としては減点とまで言われた大鎌を大事そうに抱え直して、それきり動くのをやめた。


 丘のように巨大な祭壇に、巨大なリッチロードと巨大な鎌。


 リュークは魔法の神に外套のフードを掴まれたまま、次に起こることを待ちわびている。リンも隣で嬉しそうに息を切らしている。


 ふと、向こうの方からソロウたちの声が近付いてきた。魔法の神が驚いて振り向くと、一団が目を閉じたまま少しずつこちらへ進み始めている。

「嘘だろ? お前が呼んだの?」

「呼んでないよ」

 リュークが答えると、魔法の神は怪訝そうにしながら長い人差し指をくいっと左へ向けた。
 アンデッドよろしく不気味な姿勢で迫りつつあったソロウたちが、一人残らず急に左へ進路を変えて遠ざかっていく。リュークは面白いような寂しいような気分で彼らを見送り、リンとともに再びリッチロードの祭壇を見つめた。

 リューク少年は、リッチロードを供物とした召喚の儀式がどのように派手なことになるのだろうと期待していた。ところが、リッチロードが現れたときのような盛大な演出は少しも見られなかった。それというのも、ただ時の神が右手で羽虫を払うような仕草をしただけで、リッチロードの姿は影も形も見えなくなってしまったのである。

 少年はがっかりしたが、それでも後に残った巨大な祭壇の下まで魔法の神とリンと連れ立って歩いて行った。


 そして、両腕を伸ばすと──。


 ひゅう、と微かな音を立てて落ちてきたスライムが、どこか紫がかったような色の液体じみた体を突き破りそうなほど激しく二つの眼球を泳がせた。リュークは手の中のスライムを抱き締め、「おかえり」と微笑む。

 それを見た魔法の神が腰に手を当ててほっと息を吐く。

「大切にしてやれよ。そいつの為に、かなりのを調整してやったんだからな。……あ、大切にしてやると良いんじゃないかってことだぞ。別に、どうしても大切にしろとは言ってないからな。それにしたって可愛いスライムじゃねえか。無事に戻って良かったなあ」

「うん、ありがとう」

「お、おうよ。時の神よ、礼を言われたぞ!」

 魔法の神が興奮気味に言うと、時の神は照れ隠しのように「ふん」と顔を背けた。しかしすぐにリュークのそばへやって来ると、ちょんと指先でスライムを突付き始めた。

「スライムは良いものだ。一匹でも良いが、沢山居ても良い」

「バッグに入れてるんだ。いっぱい出すと、建物が壊れるから」

「ああ、そのようだな。建物を壊すまいとすることもまた良いことだ。人の子よ──」

 時の神は少し屈んでリュークと視線を合わせた。リュークの澄んだ瞳が危うく時の神を釘付けにしようとするが、時の神は一瞬切なげに視線を切って「また会おう」と言うと、くるりと背を向けた。

 魔法の神はスライムを揉むように撫で、リンを撫で、リュークの肩を軽く叩いて明るい笑顔を見せた。

「次会うときまでに、ちっとは……いや、オベンキョーしとけよな! あと、あそこで歩き回ってる奴らには嫌でもベンキョーしろって言っといてくれ。お前に難しいことは、周りが簡単にすりゃ良いんだから。……そんじゃ、またな。この次はもっとゆっくり話そうぜ」

 魔法の神が背中を向けて時の神と並ぶと、またあの眩しい光が現れて、二つの神の姿はその光の中に溶け込み、あっという間に黒い空間ごと収縮して消え去ってしまった。



 残されたリュークは、巨大な祭壇に殆どの空間を奪われた元の部屋で立ったまま、そっとスライムを撫で回しつつ、隣のリンと顔を見合わせた後にくるりと振り返り、そこら辺で壁や祭壇にぶち当たって痛がるソロウとミハルとギムナック、レオハルトにヴンダー、フルル、十名の兵士らの苦難を眺めて笑うのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。 そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。 王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。 しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。 突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。 スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。 王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。 そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。 Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。 スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが―― なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。 スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。 スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。 この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

処理中です...